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⑯過熱〜夢走〜

400mは一般的には陸上競技の中でも1番キツイ種目だと言われている。

花形の100mに比べると一見地味に見えるのだが、ただぶっきらぼうに全速力で駆け抜けるだけではダメで、本当に微妙な力の配分を計算しながら走らなければならない。

先人たちの例えで、「400mは全力で走っても、力を抜いて走っても疲れ具合は同じだ」という格言にも似た迷言がある。

つまり、それくらい微妙な力の配分を考えなければ成功出来ないレースである。

準決勝を間近に迎えた僕は、スタート地点にいた。

準決勝は各組上位2名のみが決勝に進出出来る。

初めての準決勝。気持ちは落ち着かない。

やはり、強い選手が揃うと緊張感もハンパない。

前の組みがスタートすると、それぞれレーンに出て身体をほぐしたり、スターティングブロックを自分の好みに調整しながら、スタートを待つ。

上位2名となると50秒の前半を出さないと決勝進出は難しい

だんだんとスタート時間が近づいてくる。僕のレーンは2レーンだ。

何故だか分からないが、内側のレーンからのスタートは苦手だ。前方に沢山の選手を見ながら走るということで、自分のペースが乱される気がする。

集中を切らさないように、スタブロを〝自分の位置〟へと合わせる。

1、2、と数えている間も、鼓動が早まり自分が緊張状態である事が分かる。

「いちについてー」

スターターからの声がかかる。

「お願いしまっす!」と、気合いの入ったものが何人かいる。

「よーい…」

一瞬の静寂。

パンッ!

一斉にスタートした。

はぁはぁ、、相変わらず聞こえるのは自分の吐息と足音。しかし、今回は前に6人も敵がいる。

距離が進むにつれ足音が増えてくる。

タッタッタッタッ

だんだん敵に近づいているのが音で分かる。

視界ははっきりとしていないし、周りを伺う余裕など無い。ただ前に進むのみ。人間必死になり、自分のキャパをオーバーすると五感さえも脳がうまく処理出来ないのだろう。

間もなく第3コーナーを上がる。

タッタッタッタッ

足音は近くに複数聞こえる。

ここから一気にスピードを上げていく。後半のカーブは内側のレーンの方が速く感じる。

トップスピードに近い。

1人、また1人と足音は遠のいて行く。

第4コーナーをまわって、ホームストレート。

歓声がより一層大きくなった。

ワァー!ファイトー!

こうなると自分の吐息や足音は歓声に消される。

さらにスピードを上げようにも頭は酸欠で、両足はガチガチで腿が上がらない。

走り幅跳びの疲れか…いや、オーバーペースだったのかもしれない。

しかし、気付いた所でもう遅い。

残りは50mを切っている。

これが400mの辛さだ。

立て直すことが不可能なのだ。

自分だけがスローに感じる。

ギギギ…

歯を食いしばり、手足を動かす。

20m…10m…5m…

倒れ込むようにゴールする。

はぁはぁはぁ…

ようやく周りを見渡す。

結果は…4着…

決勝進出には程遠かったが、まずは、この準決勝を走り抜いた自分を讃えたい気持ちだった。

まだまだ単体での400mの壁は厚い。

オーバーヒートした身体を冷やしながらも

残すところはあと4×100mリレーのみとなった。


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