花ざかりの校庭 まとめ(歌・恋の嵐)

麻里の頭のなかは、浅子に言われた一言でいっぱいになってる。



……奪いなさいよ……。




普段、麻里はあらゆる問題を自分で解決法できるものだと思い込んでいた。
ところが、相手が悪かった。





いきなり高志との関係で、ハンディを突きつけてきたのだ。
浅子のやつは。

「……どうしたの?」

倉木しおんは近視が入った眼鏡をずりあげた。

そして、麻里が手にしていたレシートの裏側をじっと見ていた。
「……ゲッ」
彼女は唇を歪めた。



これは、田畑くんの番号かな?

しおんは目を細めていた。
麻里は黙ったまま頷く。


空が淡いオレンジに染まり、風にのッた雲が流れる。
「もう、秋だね……」
倉木しおんはレシートを手にしたまま、感慨深げに呟いた。

……これ、彼にもらったのかな?

そこまで言って、赤く俯く「お泊まり……とか?」と呟いた。


「……違う」
「……そ、そうだね。少し早いよね展開が」
「早すぎるし」
倉木しおんは首をかしげる。



「まさか、田畑が襲ってきた?」



麻里はその方が好都合だとも思った。
彼女は違う……と、舌打ちした。
バーキンの人……と言った。



しおんは首を傾げていたが、やがて「あの人?」と大声をあげた。



「しおん、声、大きすぎっ!」


ショッピングバッグを手にした親子連れが、二人を見ていた。
「あ、ゴメン」またやってしまった。と、しおん。




しおんはツータックの眼鏡をずりあげ、模擬試験を受けているような顔つきでレシートを見ていた。


「……バーキンがくれたの?」
麻里は頷いた。
「……あり得ない……」
しおんは悩ましげな顔つきだ。



彼女は空を仰いで「三角関係みたいな……?」。
「うん」
麻里は頷く。



「……バーキンに勝てっこないよ」
これって、凄い自信あるからでしょ?

「……なんかそれだけじゃないみたいで……」
「どういうこと?」
……私から奪ってみなって……あの女…。
えっ、しおんは唸る。



「……やれるものなら。みたいな?」
麻里は頷く。
「……つまり、田畑ってバーキンがありながら、小寺に?」
いや、そこがわからない。




「……二股でしょうが」としおん。
それがね、不思議なの……。
麻里は呟く。
ほんとうはどうなのかわからない。




彼女は思った……、浅子を憎んでいるのか、それとも自分は彼女でありたいのか……。高志のことは好きだ。なるほど横恋慕は惨めなものだが。





月の光に神はやどるのか?
その神は夏の青空のもと、赤い自転車を再び彼女に巡り合わせた。





そして、愛していると彼女に微笑みかけていた。記憶は無尽蔵の海、散乱した断片、そして、真理は細部に宿る。



麻里にとってその断片こそが、福音書のページであり、『時』はバラバラの記憶を一瞬にして統合する鍵。




それこそが真実の瞬間であり、彼女が彼を愛する由縁だった。



……恋ではない、これは愛なのだ。それは、一瞬にして変わるのだ。
麻里は悟った。

ふいに、麻里は口にした、
「あの女、許さない……ぶんどってやるよ」
浅子の彼だから自分は好きになったのかも知れない。



「……え?」としおん。
「もう一度……いってやるわ」
……あの女、許さない……。
しおんはまた、首を捻るのである。



やがて、麻里はバス通りの雑踏の中で蘇生していた。

フランスの詩人は言った。
人間は口で『思考』する。
麻里の唇は、浅子の悪口を呟くとき、生き生きと弾んでいた。
それまで、やや薄いとさえいえた上唇が、丸みをおびて情愛の深さを湛えている。相手によりけり、だろう。
しおんは麻里の一瞬姿を見落としはしなかった。
「……許さないの?」
と、しおん。
麻里はふりかえり、頷く。
「認めない」
その姿は涼やかなものであった。




普段から人の良し悪しを云いたがらない親友……小寺麻里……のこんなに感情的な面を見たことがなかった

しおんは麻里を見ている、
「……どうするわけ?レシート」
睡眠薬入りのサンドイッチを彼にあげて、眠らせて引きづりこむとか?
冗談でしょ?
冗談よ。
問題は……、
つまり、レシートの裏の電話番号のことだ。
「……なんとかなるよ」
そう開き直った。

彼女はデジカメをしおんに渡した。
テプラで『倉木』と印刷したシールが貼ってある。
しおんはそれを帆布の鞄にしまいこみ、丁寧に礼を告げる。

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