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やりたいこと。の断片をふんわりと

自分がやっていきたいことについて、以下、高校3年生の時にAO入試受験の志望理由書のために書いた文章です。

今読むと、まとまりに欠けているし難しい言葉を使ったり、カッコつけた文章ではあるんですが、やっていきたいことの本質はこれです。

この文章では説明されてないけど、ここでいう芸術って、絵だったり、文章だったり、音楽だったりという媒体ではなくそこに込められた感情だったり、コミュニケーションのことです。
要は、そこに介在する"人間だからこそできること"の部分がこれから必要になってくる、というものです。  

で、それを自由な表現で伝えているのが芸術の持つ力の一部であり、芸術の発達が必要だ、と言っているものになります。

そのために今できることの最小単位がゲストハウスやシェアハウスを介した、「人とのコミュニケーション」だと思っています。

私の夢は芸術で社会を変えることだ。
 中学から高校にかけて、自分の可能性を広げるため、自分の知らない世界を知るために、色々な人と出会い、話を聞いてみたいと思い、全国から多彩な高校生が集まる「日本の次世代リーダー養成塾」に参加した。さらに、日本だけではなくヨーロッパ諸国など、様々な場所を訪れた。
そこで、現代の日本人の持つものと全く異なる様々な価値観や生き方に出会い、日本は物質的に豊かであるものの、人々は果たして「人間本来の豊かさ」を感じられているのだろうか?という疑問が浮かんだ。
私は進学校という環境で育ち
「自分が本当に喜びを感じるものを犠牲にして勉強を続け、
真の心の欲求を抑圧して将来約束されているとされる道に進み、
興味もない科目を受験の為に必死に勉強し、
一流大学に入り一流企業に就職する」
というレールの上を進む人をたくさん見てきた。
彼らはその先にある「何か」が達成されることが幸せだと信じ、自分の真の望みではなく、側にいる人の期待、評価、人間関係を優先し、二度と戻っては来ない今という大切な時間、若さという時間と引き換えに学歴、経歴を積み重ねている。
日本という国では人間が本来もっている本能的な部分、人間として生きていく上での重要な部分が、脇に追いやられ、ねじれ、欠落している。
技術の発達で物質的に豊かな時代になり、人々は本質的な豊かさを求めるための「方法」である地位や名誉、成功、お金、評価、等を追い求めるあまり、本来の「目的」である自分や他人を愛し、大切にするという事を蔑ろにしてしまい「心」をどこかに忘れてしまった。
いわば、現代文明は贅沢を豊かさと勘違いしているのである。
このような社会で、人々は単なる利便性や効率性だけでなく、快適さや心地よさといった、本当の豊かさを必ずしも実感できていないのではないかと考える。
例えば、内閣府の発表する「平成26年国民生活に関する世論調査」では,「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と「心の豊かさ」を求める国民の割合は,63.1パーセントとなっているという結果もある。
心の豊かさを感じることができるものとして、スポーツを楽しむことや、余暇を家族と共に過ごすなどの様々な形があり、人の価値観や心の持ち方でそれは異なる。
だがそこに心の豊かさを見つけるためには、豊かな人間性と様々な経験が必要である。そこで、人々に本来の意味での「豊かさ」を取り戻すために私が取り組みたいのは、芸術による日本の再建である。
芸術は、人々に楽しさや感動、精神的な安らぎや生きる喜びをもたらす。
人生を豊かにし、豊かな人間性を作り出し、創造性を育み、人間の感性を育てる。
他者に共感する心を通して他人を尊重し、考えを異にする人々と共に生きる資質を育むものである。
まさにこれは「心の豊かさ」を得るために必要不可欠なものであり、生きて行く上でなくてはならないものだと確信している。私自身も芸術によって支えられ、成長することができた。
芸術を表現し、芸術を盛り上げることで、私が体験してきたように、芸術によって人々の心が豊かになる世の中を作っていきたい。
 だが、現代社会において、芸術は芸術家や一部の愛好家だけにしか理解できないものであり、それ以外の人には必要のない、関係のないものだという意識が根ざしている。
その意識が、芸術家の表現自体を続けて生きていく事を困難にし、結果的に今日の芸術の発展を妨げ、さらに芸術が社会から遠のいていくという悪循環を引き起こしている。
私は芸術の社会における役割について研究し、社会の問題を学ぶことで、その状況に歯止めをかけ、人々の意識を変えることで、彼らにとっての芸術を身近であり、必要なものにしていきたい。
実際に私は、学校行事や実生活を通して様々な表現を行ってきた。それらの体験を通して、私の表現というものは、アーティストとして0から何かを作り上げるというより、既存のアイディアや日頃感じた問題点などをつなげ、組み合わせるプロデュース的なものだと考える。表現方法も一つの媒体だけでなく、その状況や表現したい題材によって様々であった。そのため、1つの表現方法を絞り極めていく美大や芸大への進学は表現方法の幅を狭めてしまうので不向きだと考える。
 そこで、独自に芸術を学び、理解するためには、最先端でデザインとアートを学びつつ、これまでの文化・歴史にも深く根を伸ばす必要がある。
芸術というものは文理関係なく全ての学問に通じるものだと考えるために、サイエンスやテクノロジーといった分野など、広い視野で創造の引き出しを持つためにも幅広い分野で学びたい。
また、世界をつなぐ、世界に通じる表現を手に入れるためにもグローバルな環境が必要である。そのために、芸術、歴史、外国語、社会問題など学際的な知識をSFCで学び、意識の高い学生とのディスカッションを通してコミュニケーション能力や多角的な考え方を身に付けたいと考えている。私の夢実現のためにどうしても必要な学びの場、SFCへの入学を強く希望する

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