自決権議論あるあるTIPS(-1980年)

どうも神戸研究会のジュリアンです!

本稿では、僕がこれまで植民地独立付与宣言、友好関係原則宣言、侵略の定義と何かと自決権が絡む会議のフロントをやってきて感じた自決権の躓きポイントを公開しようと思います。

模擬国連ではTIPSを共有・公開する文化があまりないので大変やりづらいですが、皆さんの自決権理解が深まる一助になることを願っています。(そしてあわよくば1977年ジェネーヴ追加議定書を模擬するデリが現れたら....!)

簡単な用語解説

外的自決権:外国からの支配・搾取の下に置かれた従属人民が政治的地位を自由に決定する権利。この形態は独立に限らず植民地本国との統合若しくは自由連合が認められている。

内的自決権:全ての人民が政治的地位を自由に決定する権利が保障されていること。独立はできないよ。

1.外的自決権の付与対象(1952-1980)

「外的自決権の法的性格を制限しないとまずい!」「君のとこの民族が暴れちゃうよ!」と西側諸国が分離独立の恐れを強調したいときに主張しがちですが、実はエスニックには適用されません。外的自決権の付与対象は政治的単位である人民を対象としており、社会文化的区分である民族は付与対象外です。だから、例え自国に多くの少数民族を抱えていたとしても彼らが分離独立する権利は持ち合わせていません。なのでAALA諸国は現行の領土保全を定めたウティポシデティス原則あるし強気でいよう。

2.分離独立ってどうなの?

合意に基づく分離独立は何も問題ありませんが、勝手に分離独立する場合は注意が必要です。自決権決議や人権規約は領土保全原則を踏まえて採択されており非植民地化以後の分離独立は認められていません。なので、上述した決議を理由に国家が分離独立することはロジックに穴があるでしょう。
とはいえ、分離独立はできないわけではありません。というか分離独立した国はいっぱいいます。というのも、既存国家の領土保全原則と自決は本来相反する概念なので人権観念に基礎を置いた自決原則による実力行使が認められる場合があるのです。(友好関係原則宣言の7項を逆解釈して人種・宗教を理由に迫害された人民は自らを代表する政府を持つことができると主張することも)

3.救済的分離ロジックの誤用

友好関係原則の7項を理由に救済的分離や分離独立を肯定しがちですが、中には誤って乱用している人もいるように思われます。当初、この規定は少数者の分離運動を防ぐことを目的に起草されており、あくまで逆解釈は後に支持を得た学説にしか過ぎません。また、例え逆解釈を用いたとしても7項が外的自決権と内的自決権を認めていると読むことには議論があるので不磨の大典では決してありません。したがって、1970年代の会議では注意して用いる必要があります。ちなみに、7項は人種・宗教を理由に迫害された国と規定しているので拡大解釈に気をつけましょう!

4.1970年代の英仏

70年代になっても英仏ともにレファレンダムのあり方に問題がある海外領土を有しているので注意しましょう。これらの非難決議には、憲章103条や当該決議への棄権、「独立国家との自由な連合の樹立」または「独立国家への統合」が自決の達成の一形態であることを理由に避難を退けているので要チェックです。なお、植民地支配は違法であるとした言説を支持すること、と自国が植民地支配をしていると認めることは違うので間違いないように。

5.武力行使を用いた自決権は合法か否か

1977年になるまで国際法上の決着はついていないものの、1970年には国連が総会決議を理由に民族解放団体を母体にした暫定政府を認めはじめました。総会決議自体には法的拘束力はありませんが、決議に規定されている民族解放団体への支援は既存の国連機関の実行において既に確立されていることに注意しましょう。(民族解放団体が公権的地位を得ていたことだけ覚えてください!)
松井芳郎, 民族解放団体の国際法上の地位, 国際法外交雑誌, 1982, 81巻, 5, p.60-61を参考に!

6.国連が自決権を認めたからといって...

AALAは自決権が国家の承認制度に代替したと主張しがちですが誤りです。例えば領域内の少数民族権利の毀損状況があれば外的自決権を行使しても新国家への承認の不許与が可能であったり、自決権の確認・行使だけで直ちに新興独立国家として承認される訳ではありません。

7.植民地独立付与宣言におけるアメリカの位置付け*

植民地独立付与宣言を議題に会議を実施すると、参加者の中にはアメリカの対国連政策を誤解したまま会議当日を迎える方がしばしばいらっしゃいます。アメリカは西側陣営の盟主であり、東西対立の構造から施政国の国益に即して行動すると考えがちですが、それは正確な他国理解**ではありません。

たしかに、アメリカはソビエト決議案(A/4002)に反対し、アメリカが国連憲章に盛り込んだ戦略地区を形骸化されることを拒みましたが、かといって民族自決に反対していたわけでは決してありません。アメリカは植民地独立付与宣言に棄権していますが、それも投票5日前にイギリス首相から「英米の特別な関係」を理由にトップ外交がなされた結果によるもので植民地施政擁護を理由にしたものではありません***。このことは、アメリカが10月段階で日本を通じてAA決議案の中身を掴んでいたにもかかわらずイギリスにはリークしていなかったことからもうかがえるでしょう。(ちなみに、ケネディ政権では、この時の反省から前文で植民地独立付与宣言を想起しているアンゴラ安保理決議に賛成票を投じています)

このように、ステレオタイプな他国理解で会議に参加すると痛い目をみるので注意しましょう。余談ですが、これはアメリカに限らずコモンウェルスにも言えてNZとか面白い動くをしているのでよく調べてみてください。コモンウェルス=イギリスを頂点に仰ぐ属国ではないんですね。

* 2020/5/23に追記しました。
** 今でもタスクシートに他国理解編ってあったりするんですかね
*** 半澤朝彦, 国連とイギリス帝国の消滅 -一九六〇~六三年-, 国際政治, 2001, 2001 巻, 126 号, p. 81-101

おわり

関西大会を終えて1ヶ月も経つと色々忘れてますね。
またなんか書きたいことを思いついたら追記いたします。それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。記述内容に誤りがあればコメント等でご指摘ください。


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