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ナンパしたギャルが中学生だった話

ゆらゆら舞う この暖かい日は
あなたと出逢った日のように
ゆらゆら...思い出を届ける
大塚愛『桃ノ花ビラ』


「誰かと待ち合わせ?」

人生初のナンパはそんなありふれたセリフで始まった。
大学1年の春休み。帰省先の岡山で高校時代の友人ハヤサカと駅前をブラブラしていたときのこと。ナンパでもしてみるか、と盛り上がってから実際に声をかけるまでに30分以上もの時間が経過していた。階段に座り込み一人で携帯電話を操作しているギャルに僕たちは照準を定めた。というよりは最初からその子に声をかけるつもりだった、と言った方が正しい。30分間は様子を伺いながら勇気を振り絞る作業だった。

「ううん。待ち合わせはしてないよ。」
「じゃあ、誰かに声かけられるの待ってたの?」
「うーん、そんなとこかな。」

決して愛想はないが問いかけには返答してくれる。なにせ初めてのナンパだったので手ごたえがわからない。僕は用意していた次のセリフを投げかけた。

「じゃあパフェでも食べにいこうよ。オゴるよ。」

ダサい。今考えるとダサすぎて当時の自分に虫唾が走るが、初ナンパの19歳には精一杯の作戦だった。

意外にもすんなりと事は運ぶ。僕とハヤサカ、女の子の3人は近くのカフェに入った。カフェというか不二家だけど。

田舎の駅地下とかにありがち

彼女はサラと名乗った。身長は150センチ台前半ぐらい。黒いパーカーにデニムのミニスカート、黒いブーツを履いていた。セミロングの髪は茶色というよりは金色に近い。幼さの残る顔立ち。ひょっとしたら年下かもなとは思ったが、実際の年齢を聞いて僕たちは驚いた。

「中3だよ〜。明日、卒業式なんだ〜。」

僕とハヤサカは顔を見合わせた。たかが4歳差だが10代の頃の4歳差は大きい。なんだか悪いことをしているような気がして急にソワソワした。

「え?卒業式の前日にこんなことしてていいの?」

こんなこととはどんなことだ。そもそもナンパしたのは自分たちの方だし、卒業式当日ならともかく前日に何をしようが彼女の勝手だ。明らかにテンパっていた。

結局オーソドックスなパフェが一番美味い説

パフェを食べ終えた3人はカラオケに行くことになった。自分が何を歌ったかは全然覚えてないけど、サラちゃんが歌った大塚愛の『桃ノ花ビラ』が妙に耳に焼きついた。ちなみに僕はこのとき初めてその曲の存在を知った。『さくらんぼ』でブレイクする前のデビュー曲らしい。見た目はギャルだが、サラちゃんの歌声はか細くてとても可愛らしかった。

カラオケを後にして、最後は3人でプリクラを撮った。この提案は自分が発信した。何か形に残しておきたいという想いに駆られたのだと思う。
時刻は午後8時を回っていた。中学生を夜遅くまで連れ回すわけにはいかない。連絡先を交換して駅前で別れた。

「楽しかった〜。ありがとう」
「こちらこそありがとう。卒業式ちゃんと行くんだぞ〜!」


《また会えるかな...》

帰りの電車の中、僕の脳内ではサラちゃんの歌う『桃ノ花ビラ』がずっと鳴り続けていた。

どれほどまた逢えると思ったんだろう
桃ノ花ビラ 手のひらからこぼれるたび
あなたを感じるの

翌日、僕はサラちゃんにメールを送った。

曰く、卒業式には遅刻して行ったけど体育館に入る前に先生に止められたらしい。その髪色で出席させるわけにはいかない、と。そのまま帰宅したとのこと。
親は...友達は...と聞きたい気もしたが、聞かなかった。いや、聞けなかった。

卒業式の前日、弱冠15歳の少女は駅前の階段に30分以上も1人で座っていた。ひょっとしたら、彼女にはどこにも居場所がなかったのかもしれない。


次にサラちゃんと会うことになったのはそれからちょうど1年後の春だった。例によって僕は春休みで岡山に帰省。夜ごはんを食べる約束をした。今度は2人で。
その間の1年も時々メールのやり取りはしていたので、なんとなくの近況は聞いていた。結局、中学を卒業したサラちゃんは高校へは進学せず、ラウンジで働いていた。16歳でホステスはたぶん違法だけど、そんな世界線もあるんだなぐらいに思っていた。若くて可愛いからなのか、すぐに店のナンバーワンになったらしい。

1年ぶりに再会したサラちゃんは化粧も大人っぽくなり、髪の毛を巻いていた。服装も出会った頃のような野暮ったさはなく、まさにホステスの私服といった感じ。ブーツカットのデニムを履きこなしていた。

「久しぶりー!元気だった?」
「サラちゃん、なんか大人っぽくなったね〜!」

会話は弾んだ。1年間、大人の男性を相手に接客業をしてきた成果だろうか、コミュニケーション力が一気に上がっていた。性格も明るくなった印象だ。16歳には見えない。顔立ちは幼いが、装いや振る舞いは20代前半ぐらいに見えるだろう。

再会から1時間ぐらいが経過した頃だっただろうか。突然、店の明かりが消える。

ハーピーバースデーの曲が大音量で流れ、ローソクに火の灯ったホールケーキが運ばれてきた。店内は手拍子に包まれる。

実はこれ、僕がサラちゃんに用意したサプライズだ。誕生日が数日後に迫っていた。

「えっ!?うそっ...私??!...」
「サラちゃん、誕生日おめでとう!」

彼女は今にも泣きそうな顔になり、言葉に詰まった。さっきまでは饒舌だったのに。
驚いてくれるだろうなとは思っていたが、正直ここまでの反応は予想していなかった。

「...ありがとう。こんなことしてもらったの初めて...」

大袈裟だなと思ったけど、あながち嘘じゃないかもなとも思った。泣きそうな表情のサラちゃんを見たとき、あの日、駅前の階段に座っていた少女の姿が一瞬だけフラッシュバックした。

ずっとずっと来年もその先も
ここで待ちぼうけしてるわ
ずっとずっと...あなたに逢いたい


サラちゃんとはその日以来会っていない。メールのやり取りは時々続けていたが、半年ぐらいたった頃に連絡が取れなくなり、終いには送信先エラーになってしまった。

寂しい気持ちはあったが、ある程度は予想できた結末だった。元々自分とは全く違う世界線を生きる人。
何不自由なく中学、高校を出て、東京で大学生活を送る20歳の僕。一方、中学の卒業式にすら出席せず、16歳にして夜の世界に飛び込んだサラちゃん。そんな2人がたまたまナンパで出会っただけ。
社会に出たらこんな出会いや別れをたくさん経験することになるんだろうな、と想像した。

《大人になんかなりたくないな...》

サラちゃんはどうだっただろう?今思えば、当時の彼女は早く大人になりたがっているように映った。



その後、僕は大学を卒業し、地元にUターン就職した。なりたくなかった大人になり、社会の荒波に揉まれた。

それでも入社2年目が終わろうとする頃にはようやく仕事にも慣れ、社会人である自分を少しづつ受け入れられるようになっていた。
そんなとき、たまたまテレビで夕方のローカルニュースを見ていたときのこと。

見覚えのある顔が画面に映った。

インタビューに答える一人の女の子。

通信制高校の卒業式を伝えるニュースだった。
化粧は薄くなり、髪の色も黒かったけど、画面に映ったその人は間違いなくサラちゃんだった。

「ずいぶん遠回りしたんですけど、無事に卒業できてよかったです。これから社会人として頑張ります。」

屈託のない笑顔でしっかりとインタビューに答えるサラちゃんの姿を見て僕は思わず目頭が熱くなった。

4つ歳下なので彼女は今20歳のはず。中学卒業後にホステスとして一度は夜の世界に飛び込んだ少女が、同級生から3年遅れて高校卒業の資格を取ったのだ。
確かに“遠回り”かもしれない。それでも彼女の表情はとても晴れやかだった。

どれほど大人になりたいと思ったんだろう
桃ノ花ビラ あなたがくれるたび 胸がキュンとなるの


僕たちは小さい頃から、人生は先行有利と教えられる。他人より早くたくさんのことを身につけ、勉強し、良い学校に入ることができれば、良いポジションで社会人の入口を迎えられる、と。

だけど最後の直線は思ったより長い。そしてそこには誰も予想し得ないようなドラマが待っていたりする。
最後方から強烈な末脚で追い込んでくることができるのは、そこまで力を溜めていた者だけだ。

大外を回るのだって、決して遠回りとは限らない。
後方でポツンしてたって、一生ポツンなわけではない。

あの日、駅前の階段にポツンと座り込んでいた金髪の少女は、早く大人になりたいという思いとは裏腹に、周囲から出遅れた。追走にも苦労した。だけど今、抜群の手ごたえで4コーナーを大外から捲り上げてきている。

サラちゃんと僕の世界線が繋がった気がした。

もう一度再会したら、きっと好きになってしまう。
そんな予感がした。

神様は逢わせてくれるだろうか?

僕は併せたい。

ゴール板を過ぎてしまう、その前に。


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