なぜ、北海道で農場なのか?

私はこれをカナダのバンクーバーという街で書いています。 私は日本人の両親を持ち日本で生まれ育ちました。でも30年ちょっと前にカナダへ引っ越してきて、永住権を取り、カナダ国籍を取ったカナダ人です。なので名前はJudyですけど見た目はもうコテコテの日本人です。笑

カナダの永住権を持つ日本人から、カナダ国籍に切り替えたのは20数年前。 当時は永住権だとカナダ政府の許可なくカナダ国外に6ヶ月以上居ると永住権が切れてしまう事になっていました。(注:確か現在は5年中2年以上の月日カナダ国外に居たら切れてしまいます。)

当時はアメリカに行く事が多く、カナダにとどまる資格をキープしなければ...と言う思いが少々。あと、日本へは旅行で1-2年に1度くらいは訪れてましたが長くて数週間の滞在だった事と、知っている人もそんなにいなかったので父が死んだら日本へ帰ることは無いだろうと思い、それでカナダ国籍を取りました。

ところが人生って面白い、思いもかけなかった変化が起こったりするわけで、長い話をかいつまませていただくと、私の場合:

  • 311を通してソーシャルネットワークを介して沢山の幼馴染と再び繋がった。

  • 昔から自給自足の生活に憧れていて、小さな家庭菜園でトマトやトウモロコシを自分で育てたりしていた。

  • 2017年5月、それまで16年間、生活の中心(?)であった愛犬『坊ちゃん』が虹の橋を渡ってしまった。

  • 同じく2017年6月、坊ちゃんの死から1カ月後、最愛の父も天国へ行ってしまった。

と言う一連の事が起きました。父は具合が悪いという事が2016年の秋に分かって、翌年6月...だったので、本当にあっという間でした。

私の父は実に面白い人で、若い頃にたくさん観たジョンウェインの映画の影響でカウボーイになる事に憧れ、昭和の時代からウエスタンシャツにジーンズ、カウボーイハットにウエスタンブーツを日常的に着ていました。挙句に、趣味で小さな自分の馬牧場を帯広の外れに持ったのが多分20年数年前でしょうか? 周りに畑以外ほとんど無くて、敷地内に湧水が湧いているような牧場です。

両親の高齢化と、父の病気の事もあり馬は全て手放しました。また父の死後について母と話した時、母が牧場を手放して街で年金暮らしをしたい...と話していたけれども、母が街で1人暮らしを出来る気がしなかったのと、父の夢が詰まった牧場を『私は』手放したくなく、あの場所を守りたいなら『私が日本に帰って守らなくっちゃ』と思いました。

場所は帯広の端っこの端っこ。日高山脈に半分足を突っ込んだような。そしてそこは両親が晩年暮らしていたくらいしか私とは接点が無いわけですが、何故かその場所が気になって気になって、その場所を守るために『馬の牧場は無理だけど、そうだ好きな畑仕事をしたら良い!農場を開こう』と思いました。

父の牧場の名前はD-J Ranch (ディーバージェーランチ) 私はその意志を引き継いでその場所を D-J Ranch Farmと名付けるつもりです。