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ニア、と啼く

さてこれは、四つの消失についての話だ
だらだらと続くこの話に登場するものものはとくに断りがなければフェイクと思って頂いてかまわない

x x x x

うちの手入れ無精の庭とお隣のゴージャスな日本庭園を合わせると鳥たちにはいい巣どころとなるようで、早朝から季節季節の鳥の声で起こされる

風流は往々、痒悩を招く

この日の朝のように鳥の囀りで起きなくても、これも隣の若い犬がみことよこと餌をよこせと吠え、その要求に無関係な俺が起きあがるのが最近のシーケンス

仕事まで3時間も持て余す、その端緒にコーヒーをドリップし、台所の窓から隣の塀を歩く猫を見つけた
いつぞやの日記に書いた猫を思い出したくらいで捨て置いた

その昼、庭先で清明な啼き声がした
出てみると白く柔らかい毛に埋まった目がふたつ
やはりお前か
昔、美しい白い紫陽花のなかに消えたヤツ

猫はこちらを見据えてニアと啼き、またニアと啼く
つまり去る気配がない
坂の上んちの猫だろう、付き合いで牛乳とささみのかけらを出してやった、猫好きの方々にご容赦願うがそれがいいか悪いかは知らない

電話が鳴って仕事場に戻り、昼飯にしようという頃には猫は無論居なくなっていた

夕方、お隣がみえて、うちの庭に除草剤を撒くからジョーをおたくの庭で預かってくれないか、2日もかからないから、と云う
ジョーなのかあの犬、毎朝明日はどっちだと吠えてんだな、東だよ、坂のほう

お隣が手にした大きめの鮭缶を頂いてしまったら引き受けざるを得ない
俺は鮭缶を頂いた

ジョーは三歳ほどだが老成しておとなしい
じゃあ散歩のあとでケネルと一緒に連れてきますんで、との予言は成就し、ジョーが連れられてきた

なれない庭に興奮して走り回っていたが、飽きてドッグフードを貪り喰う
昔飼っていた犬を思い出し、その死に様を思い出し、埋めた場所を思い出した

x x x x

翌朝の鳥は様子が違った
囀りというよりギキ、ギギギ、という異音で目覚めた
そしてブリキ張りのひさしをととと、と走る気配
気がつけば鳥声は一切、消えている
布団の中でしばらく考え、鳥声がしないことと昨日の猫を演繹し、猫が鳥で腹を満たしたものと結論を下した

これがひとつめの消失

肩に染みる寒さにファンヒーターを地上最強にした昼前、ケネルのなかのジョーが吠えだした
威嚇ではない、離れた友人を呼ぶように

猫がベランダからジョーを睥睨している
お隣の庭は除草の作業者で煩いのだろう
猫を追うかジョーをなだめるか俺が逡巡するうち、猫はつ、と振り向いて消えた
──なんだよ

夕方、じゃあ散歩にでも連れてってやろうとジョーを庭に放し、リーシュをつける前に電話
部屋に戻りややこしい話に付き合ってると、庭先でギャーギャーワンワンと大騒ぎが始まった
電話の相手に詫びて様子を見に行くと、ただジョーがひとり、ハウハウと舌を出すだけ
あの猫だろう、間違いない
ジョーお前、なんで攻撃したんだよ、昼は穏やかだったやん

これが消失のふたつめ

夜にお隣がジョーを引き取りに来た
なんでも坂の上んちの猫が怪我したらしい
飼い主になじられながらリーシュを引っ張られるジョーに、俺は飽きるまで指を舐めさせてやり、見送って門扉を閉じた

これがみっつめの消失

x x x x

もう鳥は囀らない、猫は二度と来ない、ジョーは吠えない
猫の傷は大丈夫だろうか、鳥の血肉は旨かったろうか

もはや俺の測り知るべくもない

胸にまた小さな穴が開いて、内容物がトロトロと流失している
なんの穴で、いつの穴だ

具合を確かめたとたん、なかの液体が外に向かってピューッと勢いよくほとばしる、おそらく
そして中身が空になるまでとまらない

この穴により早晩現出するだろう、それがよっつめの消失。

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