障害者雇用、についてちょっと考える

私は当事者で障害者雇用枠での雇用。もちろん障害者就労支援施設にもお世話になっている。

障害者雇用にも一応メリットはあると思っていて。
補助金がもらえるとかそういう企業としてのメリットだけではなく、職場全体へのメリットがあるべき。

私の理想としては、当事者が働きやすいように作業の方法を改善することで結果みんなの効率もあがる、とか。当事者が入ることでみんながお互いに配慮しあって空気感がよくなるとか。

そういうのが、うちは全くない。

作業の方法は改善しなくとも私に出来ることをさせているし、そもそも私普通に働ける能力はあるからやりやすく改善に向かうタイプの障害者じゃないわ。
その証拠に与えられた仕事だけでは満足できなくて勝手に自分の仕事増やしてるし。
そして増やしすぎて自滅してるし(ぉぃ

お互いを配慮しあって空気感がよくなる…ないな。私が入ってから悪くもなってないけど、良くもなってない。
私、一応精神疾患者なんだけど、みんなそんなこと全く気にしてないのよ。気にしなさすぎて陰口や暴言めっちゃあるのよ。(私に対してではないけれど)

陰口は苦手。なぜなら、この人たちはきっと私がいないところでは私の陰口を言っているのだろう、と思うから。だから、私はスルーする。無関心。陰口の否定も肯定もしない。その会話に参加しない。それ以前に陰口そのものが苦手なんだけどね。人のこと悪く言うのも聞くのも苦手。

もちろん、特別扱いしないでいてくれることがありがたい気持ちはある。だって特別扱いしてもらいたいわけではないから。自分が特別だとは思わないし。
でも、配慮はしてほしい。

相手に対する配慮って障害者云々じゃなくて大事でしょ。人間関係において重要でしょ。で、それを忘れがちな社会のなかで当事者が入ることで配慮ができるようになる…ってのが理想。

まぁ、これは私も悪いのかな、とは思う。調子悪いとどうしても暗い顔になるし、言葉からも感情消えるし。

でもその分、調子のいいときは出来るだけ雰囲気が良くなるように頑張っている。ご機嫌でお仕事しちゃうし、季節のイベントの度にお菓子を差し入れる。(もちろん、自分も食べる)

って理想を語ったけどさー、私も現実を見て知ってるのよ。障害者だらけの作業所でも特定の個人に対する嫌がらせもあるし。陰口もある。人が集まれば自然と発生する悪意。

はて。障害者雇用ってなんなんだろね。
私の職場に関して言えば、一部の社員からの私に対する手厚い配慮はある。もちろんそれはありがたい。ありがたいけど、なにかちがーう。

なにか違う気がしているから考え始めたんだけど、結局答え出ませんでした。
というわけで、ただの思考の記録です。
時々考えるんだよなぁ、自分の立場。障害者雇用ってなんだ。

最終的には、本部の偉い人が私のことを障害者云々ではなく私の実力を認めて評価してくれていることがとても嬉しいな、といつも思う。
なんなんだろね。やっぱり認めてもらいたいんだよね、私は。

生きる、とは(違

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