IV-PCA(の持続流量)

IV-PCAについてこちらでつらつらと書いていきます。


IV-PCA?

PCA = patient-controlled analgesia。患者自己調節鎮痛。患者による鎮痛。なんのこっちゃよく分かりませんが、通常病院にいるときは、

痛い!
→ 看護師を呼ぶ
→ 看護師が疼痛を確認する
→ 看護師が患者の頓服指示を確かめる
→ 痛みに対する頓服指示がある
→ それに従い鎮痛薬を準備する
→ 患者のもとで鎮痛薬が投与される

というステップを踏むので痛み止めの薬が投与されるまでに時間がかかります。頓服指示を忘れていたり漏れがあった場合には、オーダーを頼んだり修正するため更なる遅延となります。

一方でPCAは、

痛い!
→ あらかじめ用意してあった鎮痛薬のボタンを押す
→ 薬が直ちに投与される

というように、必要な時に効率的に投与し、患者の鎮痛や満足度を改善することが知られています。

PCAの頭にあるIVはintravenousで経静脈、静脈路を介して投与されるといった意味です。麻酔科周辺では特に術後急性疼痛管理(術後の痛み)に用いられています。

IV-PCAの設定

ボーラス量(bolus/demand dose):ボタンを押すと何ml投与されるか
ロックアウト(lockout):ボタンが連発されて薬の過量投与とならないようにボタンが押されてから無効になる時間(min)
持続流量(background continuous infusion):ボタンを押す押さないに関わらず自動的に持続投与される量(ml/h)

実は最後の持続流量ことbackground continuous infusion、PCAの考え方とは特に関係がありません。Patient-controlledではありませんし。

この持続流量、日本のIV-PCAはほぼ必ず設定されています。なぜ設定をするのか理由を聞いてみてもこれと言って明瞭な答えが返ってこず、「みんながやっているから」「施設の慣習で…」というのが多いです。

アメリカでのお話

さて急にここからアメリカでのIV-PCAの話に移ります。日本との違いに焦点を当てますと、

・電子機器のポンプによるプログラム投与
・通常、持続注入は0 ml/hでPCA機能のみ使用
・使用薬は主にhydromorphone、morphine
・カプノメーターによる呼吸回数測定が必須

ちなみに持続注入を考慮するときは、オピオイド耐性患者や小児が挙げられます。

持続注入がないことと、カプノメーターが必須なのは、鎮痛薬として使われるオピオイドの副作用である呼吸抑制を恐れてのためです。ガバガバオピオイドを使用するアメリカですらこんな感じです。

麻酔科トレーニング中に毎年受ける試験にも、opioid-naive patientにはbackground continuous infusionは無しと答えさせる問題があるくらいです。

みんな大好きミラー麻酔科学にはなんと書いてあるのでしょうか。

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Hurley RW, Murphy JD, Wu CL. (2015). Chapter 98 Acute Postoperative Pain, Miller's anesthesia (8th ed.). Elsevier.

訳)
ほとんどのPCA機器は、患者の要求量に加えて持続投与の設定が可能である。当初、持続投与のルーチン使用は、睡眠中の鎮痛改善を含むいくつかの利点があると予想されたが、オピオイドを普段使用していない患者にはその利点が認められなかった。特に成人で、持続投与は鎮痛薬の術後投与量を増やすだけであった。さらに、就寝時の持続投与は術後睡眠パターン、鎮痛、各種回復指標を改善しない。成人の普段オピオイドを使用していない患者にはIV-PCAでの持続投与のルーチン使用を推奨しないが、オピオイド耐性のある患者や小児患者には効果的かもしれない。

というように現在は、オピオイドを普段使用していない成人患者(adult opioid-naive patients)にはルーチンでの持続投与が推奨されていません。

ASAのPractice Guidelines for Acute Pain Management in the Perioperative Settingの2012年アップデート、ASRAの2016年Management of Postoperative Pain: A Clinical Practice Guidelineでも同様です。

・オピオイド耐性のある患者
・小児患者
・他鎮痛モダリティが使用しにくく強い疼痛を伴う場合(脊椎手術後など)

以上のような場合はIV-PCAの持続投与を考慮します。

ではどこから日本での推奨が…?

ちょっと調べてみると日本麻酔科学会の「麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドライン 第3版」のⅡ 鎮痛薬・拮抗薬の項にフェンタニルの記載がありました。

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参照元:http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/publication4-2_20181004s.pdf

上記では「海外では,術後痛に対しては持続投与を行わず,痛みに応じて単回投与を繰り返すことを推奨する意見もある」とあります。

肝心のガイドライン中の4)で参照している文献も、1990年Anesthesiologyの海外の文献(さらに文献中でのbackground continuous infusionの参照文献も海外のもの)なので、主張の参考元が海外から、対立する推奨意見も海外からなので何が何だかわからない状態です。単純にガイドライン内容がアップデートされていない、もしくは推奨根拠・理由がよく分からない印象です。

呼吸抑制の副作用に関しては、慢性肺疾患を有する患者に注意する、程度でモニタリングに関しての記述はありませんでした。

尚、フェンタニル製剤の添付文書も上記ガイドラインを参照にしていました。

日本でのIV-PCA

以上、否定的なことを書いてきましたが、持続投与を使う事情が分からないわけではありません。

1.フェンタニルかモルヒネしか選択肢がない

モルヒネは効果発現や作用時間が長く、腎不全での蓄積性から使用が好まれません。フェンタニルは効果発現や作用時間が短く、肝血流に依存し、腎機能に依存しないためより好まれますが、脂肪をはじめとした組織蓄積性と短時間作用のため術後鎮痛に向いていないといった欠点もあります。短時間作用性からフェンタニルIV-PCAでは持続投与を加えたほうがいいといった歴史背景もあります。海外のように中間の持続性のあるIV hydromorphoneは使えません。
(IV-PCAの中にケタミンを混ぜていた方もいたような記憶がありますが、現在はどうなっているのでしょう?)

2.IV-PCAを投与するデバイスが豊富でない

日本では、物理的なデバイス、液体を風船状の容器に入れたりバネを用いて反発する力を駆動力とする電源の必要ないものが最も普及しているタイプだと思います。そしてこれらの大部分は持続投与ゼロという設定ができないものが多いのが原因と思われます。

3. 認知機能低下患者

これはとりわけ日本で大事なことだと思います。認知症ないしせん妄患者では、疼痛に対し適切にPCAボタンを押せないことがあります。よく見るのは手にミトンをつけていて物理的にもボタンを押せない状態です。こういった場合に持続投与が役に立ちます。

術後オピオイド誘発性換気障害

術後オピオイド誘発性換気障害(OIVI : opioid-induced ventilatory impairment)のリスク因子は

高齢、女性、肥満、低体重、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、腎障害、心疾患、慢性閉塞性肺疾患、神経疾患、糖尿病、高血圧、術前の慢性オピオイド使用、気道手術
外因性:全身麻酔のみの使用、長時間作用性オキシコドン・ガバペンチンの術前投与、術後オピオイドの持続投与、非オピオイド性の鎮静薬の同時使用、術後の処方を行うものが複数いる場合、そしてOIVIの兆候や症状に関して医療従事者への不充分な教育など

Lee LA, et al. Postoperative opioid-induced respiratory depression: a closed claims analysis. 2015; 122(3): 659-65.

米国ではOIVIの2/3が肥満患者と肥満のリスク要素が強く、日本ではその点が比較的安心ではありますが、引き換えに高齢と低体重のリスクを持つ患者が多いでしょう。

術後のIV-PCAでないので直接関係はなく投与量や背景も異なるためフェアではありませんが、先日千葉の病院で術前の疼痛に対してフェンタニル持続投与をされていた70歳代女性患者が呼吸停止による死亡というニュースがありました。非医療者の読者には当然細かい医療背景は分からないため、フェンタニルは危ないという印象が刷り込まれます。「フェンタニル」という薬剤・言葉が第二のプロポフォールとならないように、安全使用を心掛ける必要があります。
(http://www.pref.chiba.lg.jp/sawara/oshirase/20211110.html)

明日から監視頻度を増やしたりモニタを追加するなどはコストがかかるため、すぐに出来ることは多くはありませんが、例えば、持続流量でoffの選択できるインフューザーを採用したり、持続投与を行う症例の見直しなどは比較的実行可能なことではないかと思います。


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