酸素化の指標 3

酸素化の指標シリーズの3回目です。今回は低酸素症と低酸素血症の違いを扱います。対象は広く医療関係者です。

低酸素症と低酸素血症

低酸素症(hypoxia):「組織」に酸素が十分行き渡っていない状態
低酸素血症(hypoxemia):「血液(動脈血)」に酸素が十分行き渡っていない状態

大概これら2つは同時に起こり、似たような意味を持つため、普段はあまり違いを意識することはありません。しかしこれらの一方だけが存在する病態があります。

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酸素は、気道 → 肺 → 動脈 → 毛細血管 → 組織という流れで届けられます。この流れを考えると動脈血に酸素が足りなければ、組織でも酸素は足りないはずです。一方で、組織で酸素が足りない状態であっても、動脈血には酸素が十分ある状態はありえます。

つまり低酸素血症であれば低酸素症になるけれども、低酸素症だからといって低酸素血症になるとは限りません

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低酸素症なのに低酸素血症ではない病態

それでは、低酸素症なのに低酸素血症ではない、少し稀な病態を考えていきましょう。

動脈に酸素は十分存在するのに、その先の組織では酸素が足りない状態です。もう少し正確に言うと、組織で酸素をうまく活用できない病態です。

酸素は組織、細胞に届けられると、好気呼吸を担うミトコンドリアで消費されます。

クエン酸回路(TCA cycle)で、クエン酸から回路を一周する際にNADHやFADH2が産生されます。これらNADH・FADH2が電子伝達系でATP産生に寄与します。この電子伝達系での処理の際に酸素が必要になります。

電子伝達系に異常が起こると、酸素を活用できなくなり、好気呼吸によるエネルギーを生み出せないので低酸素症のリスクが上がります。

典型例がシアン化物中毒(cyanide poisoning)です。シアン化合物は青酸化合物とも呼ばれ、青酸カリはシアン化カリウム(KCN)のことです*1。名探偵コ○ンなど探偵ものでもお馴染みです。

細かく言うと、シアン化物中毒では、複合体IV/cytochrome Cの中のcytochrome A3の鉄イオンFe3+に結合してFe2+への還元を阻害します。

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First Aid for the USMLE Step 1 2019より

原因として医原性のもので有名なのは、降圧剤のnitroprusside持続投与です。Nitroprussideはヘモグロビンから電子を受け取って不安定な化合物になり、シアン化物イオンとメトヘモグロビンを産生します。

降圧目的でnitroprussideを利用している際に腎機能や肝機能の低下で蓄積しやすくなります。尚、USMLEではhigh-yieldなトピックです。

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上の画像の赤く囲まれている物質が毒性を示します。

ちなみにメトヘモグロビンを産生しますが、methemoglobin reductaseの働きで直ちに普通のヘモグロビンに戻ってしまうため毒性を判断するのにメトヘモグロビン濃度は有用ではありません

シアン化物中毒での酸素化指標

ではシアン化物中毒の際の、酸素化の指標は何を目標とすればいいのでしょうか?

もはや直接的には計測できないので間接的な指標になります。まず組織で酸素が消費されないため、静脈血の酸素濃度が上昇します(PvO2↑)

さらに好気呼吸ができないため嫌気呼吸が進みます。乳酸(lactate)が産生され、それにより代謝性アシドーシス(Anion gap上昇)となります。このため静脈血液ガスはとても有用な検査です*2。

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ピルビン酸(pyruvate)が好気呼吸へと進むアセチルCoAとならずに、細胞質で乳酸へと変換されます。ここで嫌気呼吸で枯渇しやすいNAD+を生み出しています。

まとめ

さて酸素化の指標のまとめです。今までのシリーズも含めて表にします。

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そしてシアン化物中毒の立ち位置はこんな感じです。

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低酸素症なのに低酸素血症じゃないシアン化物中毒を疑ったら、静脈血液ガスを検査しましょう!(もちろん他の除外のためにも動脈血液ガスも)

注や参照

*1 KCN自体の毒性はとても低いですが、胃の塩酸と反応してシアン化水素(HCN、青酸ガス)となり、これが凶悪です
*2 Nitroprusside toxicityの場合はtachyphylaxisも有用な判断材料です

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