手術室以外での気管挿管依頼

今回はCOVID-19の状況もあり、手術室以外での挿管依頼についてお話しします。病院により物品や人的資源の違いはありますが、出来るだけ一般化できるように努めます。

「大変な困難気道で上級者以外は手が出せない症例」という珍しいものではなく、「よくある防げる簡単なミス、とはいえ重要な例」を挙げていきます。

気管挿管を依頼される医師の方はもちろん、依頼する側の医師や看護師の方にも読んでいただきたいです。


どんな状況で挿管依頼?

通常の気管挿管、人工呼吸器の適応と一緒です。

ありがちなのは、酸素化が悪くなり呼吸仕事量が増え、酸素療法では不十分なときです。

病棟内で心停止が起きて、自己心拍再開後に気管挿管と人工呼吸器管理が必要になるため気管挿管してくれという依頼もよくあります。

また、意識障害で自発呼吸が停止、上気道が不安定になることからの挿管依頼もよく見かけます。

上気道閉塞パターンもあります。
急性喉頭蓋炎や血管浮腫、頚部の感染などで上気道閉塞のおそれがあり早めに気管挿管してしまおうというパターンです。これは外科的気道確保の可能性も十分あり、上記に挙げた上級者症例パターンなので、今回は特に取り扱いません。

手術室での気管挿管との違い

手術室での気管挿管は、ある意味完璧な条件下で気管挿管を行える状況です。前もって準備できることが多く、器材・薬剤も豊富、ワーキングスペース十分、補助してくれる人も勝手をよく知っていて至れり尽くせりです。

病棟や外来ではどうでしょうか?

まずなんと言っても狭い。さらに通常空いていない患者の頭側に回らなくてはいけないため場所の確保をしなければいけません。

器材・薬剤についても然りです。緊急気道セット・カートがすぐに出てくるとは限りません。普段使わない物なのでどこにあるかよくわからない人も多い。出てきたとしても何か物が不足していたり、使用期限切れの薬剤があったりします。あとは自分が普段好んで用いる道具とは違った種類の物がでてくることが往々にしてあります。

介助してくれる人が必ずしも挿管の介助に慣れているわけではありません。というか慣れていない人の方が大多数です。換気と挿管の切替にすぐ対応できなかったり、いい具合に甲状軟骨を動かしてもらえず、スタイレットの安全な抜去も危ういことがあります。

患者は、そもそも急性呼吸不全起因の依頼が多いため、肺の酸素化が予定手術患者より基本的に悪いです。
NG tubeや経腸栄養用チューブが鼻から飛び出したりしていて、用手換気のためのマスクフィットが難しくなります。ベッドが沈みやすく、枕が柔らかいため理想的なsniffing positionを取れないケースもあります。

なんとなく違いの想像がついてきたでしょうか?
気管挿管は喉頭展開自体というよりは、その前の準備で8割方成功率が決まると言われます。
そして気管挿管は些細な条件の違いとその積み重ねで難易度が大きく変わります。これが手術室以外での気管挿管が難しい理由です。

トラブル事例

さてここではいくつか実際にあった(でも少し手を加えた)手術室外での気管挿管依頼トラブルを紹介します。一見バカバカしいものが多いですが、緊急事態では結構な確率で起こり得ます。

1. 酸素化がとても悪い

タイトルを見て、「だから挿管して陽圧呼吸が必要なんだよ、何言ってんだよ」と思ったかもしれません。

挿管依頼があり、病棟の部屋に着いた時には中は慌ただしい状況で、患者がマスク換気されています。SpO2は既に70台。交代してマスク換気を始めます。マスクは曇っているし、胸の上がりもある。これで酸素化も改善するかな…と思いきや下がっていくSpO2。もう50台。

ここでふと気づきます。なんかフシューっていう漏れる音がする。そうAmbuマスクの管が酸素の配管から外れていたのです。つなぐと戻っていくSpO2。まさかマスクに酸素が流れている、この前提が危ういとは思いません。

酸素化が悪いと言われて行ってみたら鼻カヌラしかつけていないケースもありました。

2. バイタルサイン

急性呼吸不全で挿管依頼。着いてみると患者はバッグ換気されている。
SpO2は100%、血圧は110/56 (74) mmHg、心電図は洞調律でHRは92。気管挿管の準備をして、プロポフォールとロクロニウム投与。バイタルサインに大きな変化はない。

挿管は何事もなく上手くいき、再びバイタルサインに目を向ける。HRが上がっていて110程度。血圧は110/56だし、挿管の刺激で心拍数上がったのかな…

んっ?

血圧全く変わってない。おかしい。血圧計測周期を見ると30分おきになっている。これはだいぶ前の血圧なのでは… 測り直すとBP 56/28。病棟には気軽に血圧を上げるエフェドリンやフェニレフリンのような薬剤はなく、アドレナリンを用意している間にそのまま心停止に。

呼吸困難が解除され交感神経系の抑制とプロポフォールによる循環抑制両方で心停止に至った例でした。

3. 道具が出てこない

ICUのCOVID-19患者が抜管後1時間ほどでSpO2 50%に低下、さらに徐脈を共にモニター越しに認めCOVID挿管チーム(麻酔科)に緊急挿管依頼。陰圧室で出入りが少なく、抜管後の昼休憩時間からか発見が遅れました。

COVID挿管チームも昼休憩中。ICUに急遽挿管依頼のコールが入りました。慌ててPAPRを着て病室へ。部屋に着いてみるとMICUフェローがマスク換気しています。

「おかしいな… COVID患者への挿管はエアロゾルの発生を最小限にするためマスク換気はしない方針なのに」などと思いながら部屋の中へ。聞いてみると、なんと気管挿管の喉頭鏡がまだ出てこないということでした。

そのあとも直接喉頭鏡が出てきたけれど電池切れ、ビデオ喉頭鏡が出てくるまでおそらく10分くらいかかりました。COVID挿管チームも準備が悪く挿管道具を持ち合わせていなかったのも原因です。

4. McGRATH持参

ICUからリザーバーマスクでの酸素化不良と呼吸仕事量増加による急性呼吸不全で気管挿管の依頼。McGRATHを手に持ちICUの病室に到着。

既にICUの医師がMcGRATHで挿管をトライしている。しかし失敗。どうやら声帯は見えているのに上手く気管チューブが入らなかった模様です。

交代してマスク換気し再びMcGRATHによる試行をしたところ、声帯は見えるものの大分前方にあり、下端が見えるだけのModified Cormack gradeでいうと2bに近い2a。スタイレットの角度を変えても気管チューブは上手く誘導されません。

これはブジー(気管イントロデューサー)が必要だなと思い、病棟にあるか尋ねるも、まず何かわからないし、時間かけて探してみても見つからない。結局同じ麻酔科にコールして手術室から持ってきてもらい、ブジー挿入からのrail-loadingでの気管挿管に成功。ブジーが手元に来るまで15分…

救急外来やICUではMcGRATHのようなビデオ喉頭鏡が既に使われていることがあり、その上で挿管ができなくて呼ばれたりします。気管支鏡を持っていくには時間がかかるしルーティンとしてはやりすぎですが、Plan Bとしてブジーを持っていくといいと思います。長いですが軽いですし。

(サルでもわかる)チェックリスト

自分とその周辺でできる予防策を講じていきましょう。

上の事例も踏まえてチェックリストを作りました。短すぎたら見落としができるし、長すぎても使えないので何を加えるかが難しいところではあります。もし使おうと考えている方は各施設の状況に合わせてリストを修正・増減するといいと思います。

・状況確認(本当に挿管適応か、何が起こっているのか)
・バイタルサイン(特にパルスオキシメトリ接続、NIBP周期)
・酸素投与(配管つながっているか、適切な前酸素化)
・誤嚥リスク(最終食事、経管栄養いつ止めたか)
・気道デバイス、薬剤の種類確認
・気管チューブのサイズ確認(狭窄の有無、気管支鏡の可能性)
・アレルギー(わかれば)
・サクシニルコリンは脳神経内科患者、熱傷患者で注意
・スタイレットによるカーブ確認
・気管内挿管確認(CO2検知器がないこともあるので念入りに)
・血圧下げすぎに注意(エフェドリンやフェニレフリンは通常病棟にない)

持っていく・常に装備しておく物品のオススメ

これはチームがどれだけ普段から物品を装備できるか、病棟がどれだけ準備できているかで変わりますが、最大公約数的なオススメが以下です。

・McGRATHビデオ喉頭鏡(バッテリーは常日頃確認を)
・ガムエラスティックブジー/気管チューブイントロデューサー
・マッキントッシュ直接喉頭鏡(万が一、気道出血用)

COVID-19患者の挿管依頼での注意点

これはオマケです。

・普段より全てにおいて時間がかかる
・病棟がCOVID挿管チームの内線番号を知らないことが(よく)ある
・RSI(迅速導入)が理想だが、マスク換気をする状況に陥ることもある
・一番経験があり上手い人間が挿管するべきだが、誰にするか稀に戸惑う
・再挿管依頼が多いので、抜管したらその旨をCOVID挿管チームに知らせてもよいかも

以上、気管挿管依頼について書きました。

問題になりそうだったニアミスやインシデントなどを上手く次に生かしていきたいですよね。皆さんの病院での滞りない気管挿管を祈っております。


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