セボフルラン使用における新鮮ガス流量

アメリカでのセボフルラン使用における低流量麻酔事情で少し変化があったので備忘録として残しておきます。

低流量麻酔

ちょくちょく話題に上がる低流量麻酔というのがあります。

低流量麻酔に正確な定義はなく、新鮮ガス流量(FGF: fresh gas flow)が分時換気量(MV: minute volume)を下回るのが基本で、実臨床では大概FGF 0.5〜1.5 L/minというように、<2 L/minとしていることが多いと思います。

新しく呼吸回路に入ってくる気体(=FGF)より、換気している量(=MV)のほうが多いということは再呼吸をしているということであり、呼気の二酸化炭素を適宜回収して、酸素濃度が低くなりすぎていないかを監視するシステムが必要になります。

現代の半閉鎖〜ほぼ閉鎖麻酔回路は洗練されており、低流量での麻酔維持が可能です。

低流量麻酔には環境に優しい、コストが低いなどの利点があります。
呼気中に含まれる吸入麻酔薬を吸気に再利用するので、不要な廃棄が減り、コストが減ります。FGFも少ないため総ガス使用量が低くなり、こちらでもコストが減ります。
不要な廃棄が減るということは環境に排出される吸入麻酔薬が減るのでオゾン層破壊や温室効果といった環境問題にも良いとされています。

欠点としては、洗練された呼吸回路とその維持点検の資質が必要なこと、頻回の二酸化炭素吸収剤交換(交換にまつわる回路トラブルや一時的吸入麻酔薬吸着による術中覚醒リスク)などが挙げられます。

セボフルラン

セボフルランは揮発性吸入麻酔薬で、オゾン層破壊の寄与は低く他の揮発性吸入麻酔薬より温室効果が低く、環境半減期(寿命)も短いため、低流量麻酔による利益はとても大きくはありません。

しかし、FGF 6 L/minより3 L/min、さらに1.5〜2 L/minのほうが使用セボフルラン量と酸素・空気量も減るため低流量麻酔を選択する麻酔科医も少なくはありません。

セボフルランは他の揮発性吸入麻酔薬と異なり、分子構造に塩素や臭素を含まないため、オゾン層破壊に寄与しません。塩素や臭素の代わりにフッ素が含まれ、7つのフッ素元素(seven fluoride atoms)があることからsevofluraneと名付けられました。*1
こういう知識を踏まえると揮発性吸入麻酔薬の構造式を試験に出したくなる出題者の気持ちも少し理解できるかもしれません。

ただしセボフルラン使用では、かの麻酔科学の講義で出てきた腎毒性のあるcompound Aというものが低流量麻酔+古典的バラライム二酸化炭素吸入剤では出現しやすいとされています。
とはいうものの、あくまで実験系での話で、ヒト臨床でそれが問題になったことはありません

FDA推奨とセボフルラン低流量麻酔

さてここでようやく本題です。

アメリカには食品医薬品局、通称FDA (Food and Drug Administration)という医薬品の認可・規制を行う機関があり、基本的に医療従事者はこの決定や推奨に従って臨床を行います。

1995年にセボフルランはFDAに認可されたのですが、compound Aによる腎毒性の憂慮から、その添付文書には、
「セボフルランの曝露はFGF 1から2 L/min未満で2 MAC·hoursを超えてはいけない。1 L/min未満のFGFは推奨されない。」
と書かれました。

2 MAC·hoursとは、1 MACで2時間や2 MACで1時間といった、MAC×時間が2となる状況を指します。

例外の方もいますが、基本的にFDAに逆らわずに臨床を行うので、FGF 2 L/minとして維持する麻酔科医が多かったのです。

長い間上記のような状況が続きましたが、つい先日ASA(米国麻酔科学会)から声明*3が出て、
「低流量麻酔の下限を決める合理的理由が現時点での研究からは認められない。」
とされたため、後ろめたい気持ちで FGF 2 L/min未満でのセボフルラン使用をしなくて済むようになりました。

日本の添付文章と麻酔科学会

日本では丸石製薬が1990年からセボフルランを販売しています。

丸石製薬の販売開始はFDA認可の5年先で、その丸石製薬の添付文書とインタビューフォームにはFGF流量の制限は記載されていません。*4, 5
リーズナブルですね。

最後に日本麻酔科学会はどう書いているのでしょうか。
JSAの麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドライン 第3版 Ⅳ 吸入麻酔薬のセボフルランには、*6

肝・腎機能
◆セボフルランを使用した麻酔管理では,術後肝機能に重大な副作用はみられなかった22).腎機能に対しては体内代謝産物である血清無機フッ素と,二酸化炭素吸着剤との反応で生じるCompound Aの影響が議論されている23,24).Compound Aの産生に関係した全ての要素(セボフルラン投与時間,新鮮ガス流量,使用セボフルラン濃度,二酸化炭素吸着剤の種類)について注意する必要がある.ただし,無機フッ素の腎毒性に関しては,現在では使用されないメトキシフルランのデータが外挿される形で議論が行われており,セボフルランによる高無機フッ素血症により明らかな腎障害を生じたとする大規模な研究結果はない.また,Compound Aによる腎障害も動物実験でしか証明されておらず,ヒトにおいて両者の関係を直接証明した比較対照研究はない25).
a)新鮮ガス流量 2 L/min 以下の低流量麻酔では,セボフルラン使用量が 2 MAC/hrを超えないようにする(米国における使用基準).
b)新鮮ガス流量 1 L/min 以下の低流量麻酔は推奨できない(米国における使用基準).

c)血清クレアチニン1.5 mg/dL 以上の患者での安全性は確立されていない(米国における使用基準).
d)Compound Aの産生量はソーダライムよりも,バラライムで増加する.

全体的に日本麻酔科学会ガイドラインの記述はわかりやすく、あくまで「米国における使用基準である」と注意書き込みできちんと記述されているのも良い点です。2 MAC/hrという記述が間違いであるのは訂正してほしいところでしょうか。

今回の声明を受けてこの「米国における使用基準である」もそのうち改訂されるかもしれません。

参照

  1. Ikeda S, Makino H. Round Trip: The Japanese Contribution to the Development of Sevoflurane. Anesth Analg 2022; 134(2): 432-439.

  2. Abbvie Ltd. Ultane (sevoflurane) package insert. https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2006/020478s016lbl.pdf. Published 2003. Accessed November 28, 2023.

  3. American Society of Anesthesiologists. Statement on the Use of Low Gas Flows for Sevoflurane. https://www.asahq.org/standards-and-practice-parameters/statement-on-the-use-of-low-gas-flows-for-sevoflurane. Published October 23, 2023.

  4. 丸石製薬株式会社. セボフレン吸入麻酔液250mL添付文書. https://www.maruishi-pharm.co.jp/media/sevofrane_ad_20230613.pdf. Accessed November 28, 2023. 

  5. 丸石製薬株式会社. セボフレン吸入麻酔液250mL医薬品インタビューフォーム. https://www.maruishi-pharm.co.jp/media/sevofrane_if_20230613.pdf. Accessed November 28, 2023.

  6. 日本麻酔科学会. 麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドライン第3版第4訂吸入麻酔薬. http://www.anesth.or.jp/guide/pdf/publication4-4_20180427s.pdf. Published March 13, 2015. Accessed November 28, 2023.


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?