術中の血圧維持 2024

なかなか術中の血圧維持の明確な目標値が示されてきませんでしたが、アメリカでは2024年にある程度の数値目標が定められたので簡単に書いていこうと思います。

代表値としての血圧、難しい目標設定

血行動態の安定(hemodynamic stability)を維持するために、心拍出量だけでなく血圧もある程度保たなければいけません。
患者の血管腔の太さ・細さはまちまちで、心拍出量があっても血圧が低いと狭窄した抵抗の高い血管に行き渡りにくくなるからです。各臓器の隅々まで血流を行き渡らせるためにもある程度の血圧が必要となります。

さらにカフによる血圧測定は、簡便で非侵襲的で、心拍出量と血管抵抗を代表する値となるため、循環指標として最も多く用いられています。
用いやすい血行動態安定の代表・代理値(surrogate)としての血圧をどのように目標設定するか、長く調べられ議論されていました。

患者によって動脈硬化の程度は違い、何も動脈硬化にまつわる既往歴がない患者もいれば、冠動脈疾患・脳梗塞既往・CKDなどを既往にもつ動脈硬化がたくさんありそうな患者もいます。
動脈硬化のない患者に血圧数値目標を設定すると低くなり、動脈硬化の進んだ患者に設定を合わせると目標値は高くなってしまいます。
加えて、低い血圧目標に合わせると術中管理は比較的平易だけれど、既往の多い患者の臓器傷害のリスクが上がります。高い血圧目標に合わせると、臓器傷害のリスクは下がりますが、術中の手間や管理コストが上がります。

以上より、誰にでも当てはまるような現実的な血圧目標の設定は難しいのですが、それでもある程度の指針や目標値を設定するような調査や努力がなされました。

2024年アメリカの麻酔品質測度

2024年から、アメリカの麻酔管理料に影響する品質測度(MIPS: merit-based incentive payment system)として、血圧の数値目標が盛り込まれました。*1

ePreop31:全身麻酔下で平均血圧(MAP)が65 mmHg未満だった時間が15分未満であったか

なお以下の条件を満たさない場合はこの品質測度は用いられません。
1. 緊急手術は含まない(準緊急=urgentは含む)
2. 非心臓手術である
3. 元々のMAPが65 mmHg未満である

15分未満という時間設定は、血圧測定間隔や頻度、治療までの時間など、現実的な麻酔管理を考慮しての範囲と思われます。

既にこの品質測度を用いて臨床が行われております。これは公的保険のCMS/Medicareの麻酔加算に関わるものなので(*2)、アメリカの国全体での麻酔品質測度として用いられています。

APSFによる推奨

そして2024年4月にAPSF (Anesthesia Patient Safety Foundation)から、周術期の血行動態の安定に関する推奨が出されました。

この推奨においては明確な数値目標を言い切るものはまだ出ませんでしたが、重要と思われるヒートマップを載せておきます。

Table 2.: Association of Harm With Degree and Duration of Hypotension Using a Heat Map of Combined Data From 42 Studies

ある程度のグラデーションが見えてきていると思います。65 mmHgあたりに一つ大きな区切りがあって、それ以下も持続時間によってリスクが変わります。

AKIや非心臓術後の心筋傷害(MINS)は比較的軽度な低血圧でも起こりやすいことが知られてきています。そのためこの2つは上のヒートマップでも主要項目として取り扱われています。

最後に

依然、血圧管理目標は示されませんが、方向性や数値範囲は絞られてきています。

アメリカでもAPSFが具体的な数値目標を述べなかったように、一旦麻酔の品質改善としての測度を設定し、これを元に大規模な臨床転帰を調べているところです。

血圧は、まだまだ患者ごとのテーラーメードな管理が必要なので、この数値以上だから大丈夫と安心したり、この数値以上だから絶対に転帰が悪くなるはずがないなどと思わないことが大切です。
血圧は循環動態を示す重要な一つの項目ですが、それだけに頼らず他の循環動態指標を参照または想像するのも忘れてはいけません(とはいえ、それを言い訳に血圧到達目標を軽視するのはもってのほかです)。

また、これは周術期の血圧管理のため、手術室の外、例えば手術を終えて病室に帰るまでの時間の血圧維持も想定されています。患者の移動中はモニタリングの頻度や監視度が下がりやすく注意が必要で、また術後への滞りない管理移行(リカバリーの存在やICUへの適切なサインアウト)も重要な要素です。

まずは各々のモニタの初期アラーム設定値を平均血圧65 mmHg未満とすることから始めてみるのもいいと思います。

追記

APSFから2024年6月に術中低血圧についての記事が出ました。上記内容をより詳らかにしたものですので是非ご参照ください。

参照

*1: 2024 AQI NACOR QCDR Measure Book (https://www.aqihq.org/files/MIPS/2024/2024_AQI_NACOR_QCDR_Measure_Book.pdf)

*2: アメリカでは大きく分けて民間医療保険(private insurer)と公的医療保険(Medicare)があり、Medicareのreimbursement(保険点数のようなもの)は病院にももちろんよりますが、通常は収入としてある程度大きい部分を占めます。MIPSの測度はMedicare Part Bの請求に適応されます。

*3: Scott MJ, et al. Perioperative Patients With Hemodynamic Instability: Consensus Recommendations of the Anesthesia Patient Safety Foundation. Anesth Analg 2024; 138(4): 713–724.




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