麻酔ってなに?

医学部で麻酔科学の授業を受けても、歴史を語りだしたり、麻酔ガスや静脈薬などの個々の薬の説明をされて、いつのまにかよく分からなくなりがちなこの話題。

麻酔ってどんなものか、どうやって達成されるか、どんな風に薬を使い分けるか、を簡単に説明していきます。麻酔の機序や実際の細かい部分については今回は取り扱わずに概論のみです。

主にこれから麻酔科のローテーションを控えている医学生、初期研修医向けの内容となっております。そのほか麻酔科と一緒に働く手術室に勤務される方々や、一般の方々にとっても麻酔が少しでも身近なものになれば幸いです。

3つの目的

麻酔は、それ自体が患者を病気の治療することはありません。何か治療介入(手術や手技)をする際に患者に快適さを提供するものです。病気を診断したり治療することがない、この点は他の専門科と大きく異なる点です。麻酔科は他の専門科の診断や治療を支える専門科です。

麻酔は、大まかにいうと3つの目的の達成を目指します。手術時の辛い記憶を取り払い安らかに過ごしてもらうこと(鎮静)、痛みを抑えること(鎮痛)、反射などによる動きを抑制して手術を円滑に進めること(不動)の3つです。
もう一回言います。鎮静、鎮痛、不動です。*1

もちろん麻酔を受ける患者の生命維持も大切です。

通常麻酔薬投与に伴って呼吸が弱くなり血圧が下がるため、それらのサポートも麻酔の重要な役割です。これはいわゆるバイタルサインの維持とも言えます。*2 これが大前提であり、生命の兆候を保った上で鎮静、鎮痛、不動の達成を目指します。

繰り返しになりますが、鎮静や鎮痛をもたらす薬はバイタルサインをしばしば不安定にします。患者が亡くなってしまったり、重要な臓器障害が起こったら元も子もないので生命維持が土台というのが重要です。

やむなく快適さを犠牲にするとき、それは生命維持や患者の安全に支障がきたされるときです。
患者や手術の種類、麻酔提供者の豊富さ、施設の装備度合い、保険適応、国によって、生命維持や患者の安全の程度が異なるため、快適さをどこまで与えるかが異なります。
日本でお産の鎮痛や、内視鏡などで麻酔の選択肢が提供されないのは上記のいずれかが理由になります。

いったん図にしてみましょう。

画像1

3つに分けると便利な理由は麻酔薬の使い方が分かりやすくなるためです。

基本的に鎮静には鎮静薬、鎮痛には鎮痛薬、不動には筋弛緩薬と対応が決まっているので、もっと深い眠りをと思ったら鎮静薬、痛みを抑えたいと思ったら鎮痛薬という風に投与を決めます。*3

逆に何が足りないのか分からなくなったら、この3つを思いだして足りないものを補うという考え方ができます。

麻酔の時間の流れ

今までは患者に何が必要かの目線でお話してきました。次は麻酔の流れについてです。麻酔にはいくつかのステージがあります。導入維持覚醒術後といった具合です。

導入とは、麻酔開始を指します。なぜその後の維持とステージが分かれているか気になりますよね。

麻酔導入では通常その維持よりも多くの麻酔薬の量が必要になります。それだけバイタルサインも不安定になりやすいというわけです。

さらに全身麻酔においては、患者自身の呼吸(自発呼吸)を止めて人工呼吸器による機械換気に移行することが多いです。この自発呼吸から機械換気の移り変わりで、必ず無呼吸と言った時間帯が存在します。この時間を出来るだけ短く、他のバイタルサインに影響を与えないようにするのが務めです。

麻酔の導入維持より大きな変化が起こりやすく、不安定になりがちで、より注意が必要なためステージを分ける、といった考え方が分かりやすいと思います。

維持では、字のごとく手術中の患者の状態を維持します。上に挙げた鎮静・鎮痛・不動・バイタルサインの維持を行っていきます。波風立たない状態が理想です。手術中に起こる異常に逐一対処していきます。

覚醒は再び患者を手術前の状態に戻します。全身麻酔では、患者を目覚めさせ、患者自身で呼吸(自発呼吸)できるようにします。導入に比べて、鎮静薬は投与しませんし、鎮痛薬も大きく加えることがないので、バイタルサインの不安定度は少なくなります。

ただし人工呼吸器による呼吸サポート(機械換気)から自発呼吸へと戻すので、しっかり呼吸を取り戻せるかといった観察が重要になるため目は離せません。

術後は、回復室や一般病棟、集中治療室などと連れていかれる場所は患者によって異なります。患者の状態や麻酔方法、行った手術の種類、病院のシステムでそれが決まります。

ここで求められるのは麻酔の覚醒からスムーズな術後管理への移行です。麻酔科の管理・監視から離脱していくため、引き継ぐ側との適切なコミュニケーション(申し送り)が大事になります。3つの中では特に鎮痛が重要となります。

3つの目的と時間の流れを合わせた表

画像2

今までの話を一つの表にまとめました。

この表は麻酔を計画する上でどんな風に薬を用いていくかを考えるときに便利です。この表の空欄に目的の薬を埋められるようになることが最終的な目標です。

まとめ

今回は麻酔の重要な3つの要素(鎮静・鎮痛・不動)、時間の流れを大雑把に説明しました。これらは麻酔でどうやってお薬を使っていくかを考えるのに重要です。

次回は典型的な全身麻酔・気管挿管症例を扱って、この表を埋めていきます。

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*1: 4つ目に自律神経反射の抑制というのも挙げられたりします。正確にはこれらは「全身麻酔の」3要素とされますが、これを用いると説明が簡便になるので麻酔一般の3要素としています。1950年にReesとGrayが始めて記述したときにはnarcosis、analgesia、relaxationで、紆余曲折あり今の3つとして知られます(Rees GJ, Gray TC. Methyl-n-propyl ether. Br J Anaesth 1950; 22: 83-91.)
*2: バイタルサインは、体温・脈拍・血圧・呼吸数が基本とされていて、場合によっては酸素飽和度(SpO2)も含まれます。
*3: 鎮静と鎮痛を起こす薬、鎮静と不動を起こす薬などと、程度の差はあれ2つ以上の役割を担うお薬もあります。

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