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前編「何者かになりたい欲望を手放すと、幸せになれる。」
3冊の本に出会うまで
「何か大学中に成し遂げたい。」
「このまま就活して就職したら、
なんとなく社会の波に飲まそう。」
という感覚から起業することを決めた。
それからは、アイデアを考えたり、
勉強会やイベントに参加したりと活動していた。
「成し遂げたい、私が社会に日本から世界に良い影響を与えたい。大きいことしたい。」
そう思いながら活動していた。
いざアイデアがまとまり、起業家や投資家などが
集めるイベントに参加したが、まだ何も成し遂げていない私は、何も起こせなかった。
理想を掲げるだけで、
事業に対しての熱や経験もその場の方々より浅い私は、実のある会話や機会を、生み出せない。
その時、ああ、私は何でもできる気がしていたけれど、何者でもないんだと痛感した。
「何者でもないけど何者かになりたい。」
そんな思いに囚われているときに出会った、
3冊の本。この中に生きやすくなる鍵があったので引用して忘れないように記録しておこーっと。
読んだ本↓
①君が生きる意味/松山淳
②「おりる」の思想
無駄にしんどい世の中だから
/飯田 朔
③幸せになる勇気/岸見一郎、古賀史健
私を苦しめるのは所属欲。 解放されるには、「普通である勇気」がいる。
哲人:
アドラー心理学では、人間の抱える最も根源的な欲求は「所属欲」だと考えます。つまり孤立したくない。「ここにいてもいいんだ」と実感したい。孤立は社会的死につながり、やがて生命的な死につながるのですから。
ではどうすれば所属感を得られるのか?・・共同体の中で、特別な地位を得ることです。
「その他大勢」にならないことです。(中略)
かけがえのない「このわたし」が「その他大勢」であってはならない。いついかなるときでも自分だけの居場所が確保されていなければならない。
哲人:
他者からの承認を求めるのではなく、
自らの意志で自らを承認するしかないでしょう。
私の価値を他者に決めてもらうこと。
それは「依存」です。
一方私の価値を、自らが決定すること。
これを「自立」と呼びます。
青年:そんなもの不可能でしょう!
我々は自信が持ててないからこそ、
他者からの承認を必要としているのですよ!
哲人:おそらくそれは、「普通である勇気」が足りていないのでしょう。ありのままでいいのです。
特別な存在にならずとも、優れていなくても、
あなたの居場所はそこにあります。
平凡なる自分をその他大勢として受け入れましょう。(中略)人と違うことに価値を置くのではなく、私であることに価値を置くのです。
「平凡は奇跡。平凡でもいいと認めあえる世界であること。そのためには、多くの人たちの人間性が高いレベルに達することが必要だべ。現状維持どころか成長への高い意識・意欲が必要になるっちゃ。数少ない欲にまみれた能力の高い人達が勝者として君臨し、その他を支配するようなレベルの低い世界を安打は望むのか。それにさ、何事もなく過ぎていく平凡な日々を奇跡だと思い、そんな日々に幸せを感じられるようになれれば、特別な生活をしようとあくせく苦しむこともないべ」
「普通」と「特別」というふたつの要素の間に過剰な一線を引いてしまう思考がある。
何者かになりたい、特別になりたい、
ならないといけない。潜在的にこの意識に、
捕らわれていた自分に気づいた。
ずっと不安で満たされない、
何かに追われている感覚。
その追ってくる何かの正体は、
「何者かになることへの執着」
だったのかもしれないと思った。
私がこの世界にいるためには何か、
特別でいないといけない。
その他大勢にはなりたくない。
そんな思いが私にはあった。
「頑張ってないと、特別にならないと
私にはこの世界で生きていられない」
この価値観が私を苦しめていたと気づいた。
何者かになれなくても、
世界に所属してていい。その価値がある。
それを私が、自分で、認めてあげる。
普通な私こそ奇跡で幸せなんだ、と。
「普通であることの勇気」
これが今の私に必要なものなんだと思う。
「特別でありたい。」
その深くにある「所属欲」を満たすこと。
誰かからの承認で満たすのではなく、
自分自身で世界に存在してもいいと満たすこと。
これは今の私には凄く難しい。
後編では本の力を借りながら、
「特別になりたい」という無限の欲望と
折り合いをつけ、
「普通である私をどう認めていけばいいのか」
について整理しよ。
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