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虫がわく

 まんげ教という宗教団体がある。教祖が岩崎宏美のファンだったのだ。嘘だと言って、幻だよと、これを唱えるのである。お守りはまんげ。まんげを持っていれば守られると信じている。仮面の忍者赤影の悪役は、金目教。レインボーマンの悪役は、死ね死ね団。アパッチ野球軍のでかいのは、材木。ゲッターロボの武蔵は、裸で剣道の胴だけ着ている。それにしても、まんげだ。ネットで裸を見過ぎたせいで、まんげに何も感じなくなった。もし仮に、ネットで裸をまったく見ていなければ、ヘアヌード写真集もまったく見ていなければ、風俗にもまったく行っていなければ、もう、まんげなんか見たら、すっごいうれしいんだろうなあ。兵隊は、戦争に行くとき、お守りとして持って行ったそうだ。お守りにしたくなるくらいうれしいものだったのだ。
  雨ニモマケズ
  風ニモマケズ
  雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
  丈夫ナカラダヲモチ
  慾ハナク
  決シテ瞋ラズ
  イツモシヅカニワラツテヰル
  一日ニ玄米四合ト
  味噌ト少シノ野菜ヲタベ
  アラユルコトヲ
  ジブンヲカンジヨウニ入レズニ
  ヨクミキキシワカリ
  ソシテワスレズ
  野原ノ松ノ林ノ陰ノ
  小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
  東ニ病気ノコドモアレバ
  行ツテ看病シテヤリ
  西ニツカレタ母アレバ
  行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
  南ニ死ニサウナ人アレバ
  行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
  北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
  ツマラナイカラヤメロトイヒ
  ヒデリノトキハナミダヲナガシ
  サムサノナツハオロオロアルキ
  ミンナニデクノボウトヨバレ
  ホメラレモセズ
  クニモサレズ
  サウイフモノニ
  ワタシハ
  ナリタイ
 卒論、宮澤賢治だった。二十五まで童貞だった。当時は、風俗で働いている女は、不幸な人だと思っていた。自分が風俗に行くことは、人を不幸にすることに自分が荷担することになる、だから行けないなどと考えていた。
  汚れちまった悲しみに
  今日も小雪の降りかかる
  汚れちまった悲しみに
  今日も風さえ吹きすぎる
  汚れちまった悲しみは
  たとえば狐の皮衣
  汚れちまった悲しみは
  小雪のかかってちぢこまる
  汚れちまった悲しみは
  なにのぞむなくねがうなく
  汚れちまった悲しみは
  倦怠のうちに死を夢む
  汚れちまった悲しみに
  いたいたしくも怖気づき
  汚れちまった悲しみに
  なすところもなく日はくれる
 中原中也は狂った。僕の知り合いの狂ってしまった人は、みんなまじめすぎる人だった。一人は、中学生のとき、給食の牛乳を飲んだあと、同級生から、牛乳に唾を入れておいたと言われた。発狂したのはその二年後だった。叫び、暴れるようになった。大量の精神安定剤と睡眠薬が投与され、いつもぼーっとしている。もう一人は、大学入試の際、何気なく横を見たら、隣の受験生の答が見えてしまい、それを自分の答として書いたことがきっかけだった。それから数年後に発狂した。彼は、きっかけについて、親にも医者にも言ったことがない、自分が大学に受かったせいで落ちた人がいる、と僕に言った。彼も、大量の薬でいつもぼーっとしている。二人を見ていたら、人の心は腕時計のように精密なのかもしれないと感じた。小さな塵一つで、動きが止まってしまう。狂うなよ、僕の頭。狂わないだろう、僕の頭。だって、いい加減だから。人は、発狂するとき、どうなるのか。ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール、ポキール。限りなく透明に近いブルーのセロファンか。マッチ箱にうんこを入れていくのか。そのうんこは、犬のうんこで、大騒ぎになるのか。犬の腸には、どんな蟯虫がいるのか。肛門がむずむずしたら、サナダムシが出てきて、それをちぎりちぎり、テーブルに並べるのか。桜金蔵は、仕事がなくなってホームレスになりかけたとき、公園で犬のうんこをかりんとうとまちがえた、と言っていた。うそつけ。

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