百花繚乱のエリチェレン(最終話)【希望の欠片】
「ここは……?」
目覚めると、色とりどりの野花が咲き乱れる花園が広がっていた。
「エリュシオンだよ。斃れた英雄の行き着く先さ」
青年が答える。まさか、この人って。
「申し遅れたね。私はゼウスとダナエーの子、ペルセウス。さっきは私の暴走を止めてくれて助かった」
「いえ、私はてっきり、あなたが怒っているのかと」
「まさか。既に死んだ戦士を叩き起こそうとする連中がいたようだ。誰なのか、見当もつかないがね」
結局、真相は分からずか。今後もこんなことが起こるようでは、神秘の大安売りだ。再発防止策を考えたいところだが、不思議とふわふわした気分で、考え事ができなかった。
「この花園、実は一つの生命なんだ。色んな花が咲いているようだが、根本はつながっている」
「まさか、これを地上で育てた結果が、ヤマルギア?」
私はそんな仮説を披露していた。だが、直感的にそうとしか思えない。
「そう。カリアスは我らの友だった。そして、我らがこの楽園の植物を持ち出す許可を与えてしまった。その結果生まれたのがヤマルギアであり、君だというわけだ」
今更だが、ふらっとエリュシオンに出入りできるあたり、師匠もなかなかの天恵に与っていたと見える。
「そうですか、では。私は行きますよ。もう、終りが近いようですし」
「残念だよ、君をここに迎えられなくて」
と言われた瞬間、私の意識は戻った。
◇
「勇気ある私の部下が長剣を拾ってな。ペルセウスにとどめを刺していたよ」
どうやら私が気絶していた間に、英雄討伐は成功していたようだ。全く。格好がつかないな。
「私が介抱してやれるのはここまでだ。エリュシオンの霊気が満ちる前に、自殺してくれると助かる」
ヘファイスティアは無慈悲な宣告をした。確かに、ヤマルギアから抽出したエリュシオンの霊気が充溢すれば、また暴走植物が生まれてしまう。致し方ない。
「えぇ、そのつもりですよ。しかしあなたもお人好しですね。アレクサンドリアの本部を破壊したキリスト教徒どもを守るため戦うなんて」
「私も奴らは嫌いだよ。だが、もうあいつらに賭けるしかないのさ。世界の命運を握るのは、あの男の教えを継ぐ者たちだ」
「ですね。では、さようなら」
私は鋭く形状変化させた触手でもって、ヘファイスティアの胸を刺し貫いた。
「あぁ、それでいい。ようやくカリアスの仇を取れたな、エリカ」
「ただの疑似餌に情が湧きましたか?」
「いや、そうじゃないさ」
ヘファイスティアはそれ以上何も言わず、静かに息を引き取った。
消えゆくエリュシオンからペルセウスが遣わされたのは、神代を生きた者たちの最後の抵抗だったのかもしれない。多神教の時代は終りを迎え、ゼウスやアポロン、ディオニュソスの代わりに、ヤハウェのみが信仰されるようになるのだろう。
冥界やエリュシオンは人々の記憶から消え、天国と地獄が信じられるようになりそうだ。
「世は変わってしまいました。師匠」
毒瓶を握りしめながら、私は語りかける。師匠の形見がこれしかないなんて寂しいが、不思議と今は安堵感のほうが勝っていた。
「もう私たちの出る幕はなさそうです。私もそっちに行きますね」
私はアンフィスバエナの毒を呷った。
『そっち』といっても、冥界に行くのだろうか? あるいは今風に、天国とか地獄だろうか?
まぁいいか。
もう十分生きた。無に還るくらいがいいのかもしれない。
でも。
多くの文化を踏みにじり、破壊し、呑み込んでいくかの教えには、正直恐怖しか感じない。ロンディニウムであの赤い星を見てから、全てが変わり始めた気がする。良い流れとは思えない。
【吉兆にするんだよ。我ら人類皆で】
確かあの星を見たとき、師匠はそう言っていた。
そうか。良い流れに変えて行けばいいだけの話だ。私は人外だが、これからの人類を信じている。
私たちの信じたローマの神々を追いやり拡大していくのなら。
古き神々の代わりに世界に君臨するのなら。
せめてその教えに、希望の欠片があらんことを。
完
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