資本主義の落日に、嗤う三女神(第3話)
翌日。
各チャンネルのニュース番組は、ドル大暴落による世界的不況のニュースで大騒ぎとなっていた。
『FRB周辺に堆積した紙幣はどれも本物……』
『IMFは通貨発行記録の証憑提出を要請しており……』
『ダウ平均株価が急落……』
などと報じている。
「メルキオールは何でも換金できるんだよな? それならその金はどこから引っ張ってくるんだ?」
俺は至極当然の疑問をバルタザールに投げかける。
「あぁ。あれは最初からその通貨が『発行されていたことにする』能力ですね。メルキオールの能力で生み出された通貨は当然本物ですし、通貨発行記録も残ります。偽札扱いしようとしても無駄ですね。だって最初からあったことになっているのですから」
つくづくチートだな。
物を紙くずに換えられるだけでも強すぎる能力なのに、それが本物の現金となればチートと言う他ない。
「なんというか、好き放題できちゃう能力だな。今まで何でメルキオールのせいで大混乱が起こらなかったんだ?」
「歴代のメルキオールの契約者は賢明でしたからね。世間にバレるような大規模な換金は行いませんでした。命の危険があることをよく分かっていたのです」
じゃあガゼル・アルファードは命の危険を顧みないということか。
奴はただの狂人でもなさそうだった。つまり、世界から狙われても逃げ切れるだけの自信と実力があることになる。
とんでもないテロリストだ。早く駆除してほしいものだ。
「じゃあガゼルにももっと賢明な人間になってほしいものだな。で、どうすればいいと思う?」
「そうですねぇ。とりあえず手持ちの現金、全てアペイロンに換えてみては?」
これはまた大きく出たな。リスクも高そうだ。
だが、現時点で仮想通貨を法定通貨にしている国は少ない。ドルや円の価値がなくなっても、仮想通貨は守られる……のか?
「もしかして、メルキオールの換金能力には、制約があるのか?」
俺は試しに訊いてみる。
バルタザールが妹の情報を簡単に売るか分からないが、一応訊いてみたい。
「いい質問ですねぇ。換金できるのは、換金能力を発動した場所の法定通貨に限られます。嘘じゃありませんよ? 私は姉妹の能力とはいえ、隠したりはしませんので」
嘘かどうか確認するすべはないが、今はひとまず信じるとしよう。
「でも、仮想通貨そのものを換金されたら?」
「実体の無いものは換金できません。そこもメルキオールの弱点ですね。例えば、仮想通貨の残高が表示された画面に触れても、その画面を表示している端末が換金されるだけです」
それはいいことを聞いた。もっとも、人生の乱高下が見たいなどと臆面もなく言ってくるバルタザールの言うことなど、手放しでは信じられないが。
『速報です。奈良の法隆寺周辺に、一万円札が堆積しているそうです』
点けっぱなしにしていたテレビから、今度はそんなニュースが流れてきた。
「げっ、ガゼルの奴、もう日本に手を出してきたのか」
「おぉ、なんか今のセリフ、やり手の投資家みたいでカッコよかったですよ」
バルタザールは呑気なことを言ってくるが、俺は気が気でない。せっかくもらった10億円がパーになっては困る。
法隆寺は、『法隆寺地域の仏教建造物』という名称で世界遺産に登録されている。換金すれば天文学的な額の日本円に変わる。
日本円のハイパーインフレの到来というわけだ。
「今すぐアペイロンを買おう」
「その暗号資産、買う前に少し考えて頂きたいのですが。殖やしてみる気はありませんか? 日利5%で」
振り返ると、嗄れた女の声が聞こえた。
「また不法侵入者か。もうその手の女神は間に合っている」
俺は落ち着いて対処する。どうせバルタザールの同類だろう。タイミングからしてそうとしか考えられない。
「おぉ、よく分かりましたね。私が女神だと。まぁこれだけセキュリティのしっかりしたタワマンに侵入できるのですから、人間ではないと分かりますよね……ってちょっと待ってぇぇええ!」
俺はすぐさまサイトを開き、10億円を全てアペイロンへぶち込むための手続きを開始する。
自称女神の話など聞いている暇はない。同じことを考える人間が殺到する前に、早く換えてしまわなければ。
「あ、あのぉ、日利5%ってすごい利率ですよ? 複利で運用すれば、一年経つと5千万倍に殖えます。10円が5億円に! 悪くない取引でしょう?」
老婆のように嗄れた声で、自称女神は語りかけてくる。声質の割にやたらとハイテンションなので、そのアンバランスさが気持ち悪い。
なんとも不快な女神だ。
「ガスパール。また勧誘に来たの? この前会ったときはアメリカの成金大富豪に憑りついていたはずだけど?」
「あぁ、彼なら1兆円の資産が6億円にまで減ったショックで自殺してしまいました。愚かですが、何とも惨めな最期です。実に見届け甲斐がありました」
破滅する人間を見て愉しむ趣向の女神なのか。ガスパールというらしいが、関わらない方が身のためだろう。
そうそう美味い話が転がってくるはずがないんだしな。
「お前のような変態女神の勧誘など聞いている暇はない!」
「え? あ、もしかして今の話聞いてました? 嫌だなぁ冗談ですよ。女神ジョークというやつです。『人間を矮小な存在だとしか思ってない風な会話』をして愉しむ慣習があるのです。古くから」
「そんな嘘通用するか!」
俺は適当にツッコミを入れ、ひたすら手続きを進めた。
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