森の中で
長野の山の中では、遅い春に鳴き始めた鶯が、八月のお盆までずっと鳴き続けると教わった。鶯は早春だけのものという儚いイメージを持っていた私は、少し驚いた。
気をつけていると、確かに梅雨が明けてから、最初に聞いたのは鶯の鳴き声だった。
キジの鳴き声もここに来て初めて知った。最初は、けたたましいばかりの情緒ない声だなと思ったけれど、聞きなれると、大きな羽根を広げて走っていく少し間の抜けたようなトリの姿が頭に浮かんで、懐かしさを感じるようになった。
そう言えば、森の中に引っ越してから通った、弓道場の庭にはよくキジが現れた。
道場だからといって整然と何もない庭でなく、個人道場だったそこは広い普通の庭で、先生が好きで植えた花が咲き乱れ、蝶がとび、キジが走り抜ける、のんびりした場所だった。
弓を引いていると、矢道を大きなキジが横断していく。矢が飛び交うその庭で平気で遊んでいるのに、矢を取りに庭に降りるとさっと逃げていくのだ。矢は怖くないのに、人が恐ろしいのをキジはちゃんと知っていると、先生は言った。
弓の名手である先生は、昔の話をよくされた。道場を作った頃、猿が安土の屋根で遊んで弓の邪魔をしたので、矢を射って猿を脅かした話や、イノシシを追い払うのに矢を射って、それを持っていかれないように矢を抜いた話を。
そういえばここに来てすぐ、ある人に「こんな森の中で夜は怖くないですか」と聞いたことがある。
その人はこう言った。「動物は怖くないわ。人間の方がよっぽど怖いから」
私達は、暗闇や動物を怖いと簡単に言うけれど、よく考えたら、頭の働く人間の方が余程恐ろしいのかもしれないと思った。
都会では知らないことが、まだまだ当たり前のように起きる森の中はとても楽しい。