アヴドゥルにフられたことがある

昔から二次元に恋をするというのがわりと普通の感覚だったから、今まで恋をした二次元のキャラを元彼みたいに語ってしまうことがある。オタク気質の友達は多いけれど、こういう感覚についてこれない人は周りにも当たり前にいて、「何言ってるの?」と怪訝な顔をされたりするのだが、「いや、だから昔アヴドゥルと付き合ってて、私。」と平気な顔をして続けてしまう。

アヴドゥルってあれだ、ジョジョの奇妙な冒険第三部『スターダストクルセイダース』の、モハメド・アヴドゥル。決して第七部『スティール・ボール・ラン』の、レース序盤でサボテンに突っ込んで早々に脱落したウルムド・アブドゥルではない。
 褐色の肌の筋肉逞しい、エジプシャンの占い師。精神力を具現化したスタンドは炎の鳥人マジシャンズ・レッド。彼の内なる情熱をそのまま表したような灼熱の炎の使い手。

ああ、なんて素敵なの。

十代の頃私は彼に夢中になって、お付き合いを通り越して新婚生活まで妄想を捗らせていた。
 エジプシャンでありながら親日家のアヴドゥルはお寿司が好物だから、デートで入った回転寿司屋ではきっとあの情に厚そうな瞳をきらきら輝かせて喜んでくれるだろうし、世話焼きなところがあるから、お腹を出して寝ている私に呆れ顔で微笑んで、毛布をかけ直してくれるに違いなッッキャーーーー!!!!!ヤダッッッッもう!!!!!!!

ああ、今思い返してもなんて甘美で幸福な日々。

けれど、そんな幸せな生活(妄想)も長くは続かない。アヴドゥルは本編で暗黒空間に取り込まれて腕だけになるし(未だにトラウマである。許すまじヴァニラ・アイス)、煮詰めに煮詰めた妄想を一頻り楽しんでしまうと、私の中からも新鮮味が消えて段々と恋心が薄れていく。
 薄れた気持ちを他のキャラクターで埋めようとしていた浮気心が祟ったのか、ある夜、私はアヴドゥルにフられる夢を見た。
 私をフったアヴドゥルの言葉を、今でも一言一句忘れられずにいる。

「自分の人生を大事に出来ない人と、一緒に生きていきたいとは思わない。」

大事にする!私、自分を、自分の人生を大事にするから!待ってアヴドゥル!行かないで!お願い!
 その夢から覚めた後、大袈裟でなく私の頬は涙でぐしょぐしょに濡れていた。枕に顔を埋めて「へん゛っっっ………」と嗚咽を漏らした。

かくしてアヴドゥルにフられた経験は自分の中に色濃く焼きついて、今でもたまに失恋の古傷が疼くような有り様だ。すべて妄想であり夢なのに。
 現実の失恋からはっきりと何かを得たことなんて無いくせに、アヴドゥルへの失恋からは、自分を大事に、自分の人生を大事に生きよう。という教訓を得た。
 ありがとうアヴドゥル。
 わざわざ夢の中まで出てきてちゃんとフってくれて、ありがとう。
 私は今でも回転寿司屋に行くとアヴドゥルと行った回転寿司屋を思い出し、口にこっそり笑みを浮かべる。
 そんなものは、この世にない。

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