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1000円ルール
社会人3年目も終盤に差し掛かると、大した社会人経験は積んでいなくとも、年下と飲みに行った際、どうしても多くお金を出さなくてはいけなくなる。
2年前は完全に奢られる側だったのに、気がついたら全奢り…とはいかずとも、少なくともお会計の3分の2は払わざるを得ない。
そんな立場に私がなるとは…23歳の私は想像だにしなかったであろう。
時の流れは無常である。
社会人1年目の春の話だ。
音楽の趣味が合うお兄さんと仲良くなった。
バーバリー(カタカナで書くことで、ささやかに陽キャへの抵抗をする)の香水と、薄い水色のシャツ、紺のネクタイがよく似合う人だった。
「今日の夜、空いてる?」
という仕事中の誘いに、二つ返事で返し、
終業後、歌舞伎町の焼き鳥居酒屋で落ち会った。
時間を忘れ音楽の話をし、映画の話をし、安ハイボールでへべれけになった頃、終電の時間が近づいていることに気がついた。
残念ながら、お開きの時間だ。
慣れた手つきで店員さんを呼び、伝票をもらうお兄さん。
慌てて、お財布をリュックから取り出そうとすると
「ここは俺が払わせて」
と、スマートにカードで払われてしまった。
まだ奢られ文化に慣れていなかった私は、お兄さん…もとい、この男を不審に思い、財布に入っていたありったけの金を押し付けた。
(「体で払えなんて言われてしまったらどうしよう…」)
男は慌てふためく私の姿から何かを察知したのか、笑って
「そんなに言うんだったら、1000円だけちょうだい」
と、私の手から1000円を抜き取った。
その瞬間、私は少しばかり安心している自分に気がつくと同時に、初めて耳にする1000円ルールなるものへ興味を抱いた。
話を聞くと、後輩は奢られ場面に遭遇した際、1000円だけ払える、というそのまんまのルールだった。
「1000円払ってもらっちゃったから、また近々飲みに行こう。今度は俺に奢らせてね」
的なことを言ってきたので、チャラついたおち◯ぽカス野郎の口説き文句にすぎなかったんだと、今ならわかるが、当時の私は本当に世間知らずのアホだったので
「これが大人の余裕か…」
と感心していた。
時は流れ、奢る側になった私は年下にこのルールを乱用しまくっている。
そりゃ私だって、お姉さんなので。
本当は全部奢ってあげたい。
でも、少ない給料から捻出できる飲み代なんてたかが知れているから。
だから後輩が
「ちょっと待てや、半分こにしよや」
と、口にしてくれるたびに私はこの1000円ルールを発令し、1000円だけもらうようにしている。
※例外もあるが
そして私は後輩から渡される1000円を手にした時
「今回は払ってもらっちゃったから、また飲みに行こう、今度は全部奢れるように頑張るからね」
と、心の底から思うのである。
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