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【Zatsu】マナーモード

電車のなかでよく見かける広告「携帯電話はマナーモードで。電話での通話はご遠慮ください」。でも、いちいち電車に乗るたびにモードを切り替えるなんて面倒なことはしないよね。

おれは基本的にいつもバイブにしています。たいていポケットに突っ込んでいてすぐにわかるし、常時バイブで問題ないんだ。だから、朝の満員電車で、携帯を鳴らしているやつが信じられません。しかも、ずっと鳴らし続けていたりするじゃない? 周囲からのプレッシャーに気づかないはずないんだけれど。バイブにしないんだったら、胸ポケットとか取り出しやすい場所に入れておけばいいと思うんだけれど。マナー違反だよな。

でも、そんなのはまだいい。雨の日の朝、いつものように地下鉄に乗っていたのよ。雨の日ってのはどうしても普段より混みがちだし、ぬれた傘が脚に触れたりするからみんなイライラしてる。
そんな満員電車のなかでワンタッチ傘をおもいっきり開いちゃったやつがいたんだよな。どこかのサラリーマン。あたり全員にスプラッシュですよ。すみません、すみませんって、あわてて傘を閉じるんだけれど、また開いちゃう。で、スプラッシュ。
こんどは傘が壊れたらしくて、どうにも閉まらない。とにかく開いたままの傘が邪魔でしょうがない。なんせ満員電車なんだから。
みんなからは「○したろか」っていう視線。

どうするか――もう傘さすしかない、列車内で。
途中下車すりゃいいじゃねぇかって気もするけど、仕事に遅れるって思ったんだろうね、彼は新宿までずっと傘をさしていました。
ずっと見て経緯を知っているおれたちはともかく、途中から乗車してきた人は車両を移りたくなっただろうな。だってアブナイもの、あきらかに。

山手線にも危険人物がいた。いや、危険っていうより、ちょっとかわいそうだった。山手線の朝ラッシュは本当にひどいけれど、でもみんな慣れているから眠ったり、音楽聴いたり、スマホ見たり、それぞれおとなしく過ごしているわけです。すると突然、ばかみたいに大音量のベルが鳴り出した。携帯の着信音どころじゃないよ。ギィーンって金属音。みんな周囲をみまわしていると、徐々にすべての視線がひとりの少年(中学生くらい)に注がれはじめたんだ。

その子は野球のユニフォームを着ていて、これから合宿に行くんだろうね、混雑の中でっかいボストンバッグを肩からかけていた。必死で知らないふりをしているんだけれど、あきらかにそのバッグの中の目覚し時計が鳴っているんだ。オハヨゴザイマース、アサデースって。しかも、止めるに止められない。満員電車で身動き取れないから。全員からの「お前だよ、コラ」って視線を一身に受けている。これはきつい。
大音量で鳴り続ける、近くて遠い目覚し時計。完全に目は覚めきってただろうな。この少年にとってはむしろ夢であって欲しかったのかもしれんが。
時計の針が進んでベルが鳴り止むまでの数分間はまさに生き地獄。

なんつーか、かわいそうではあったんだけれど、目覚ましのスイッチくらい切っとけよ。目覚まし時計にマナーモードはないんだから。
もちろん自業自得だけれど、彼にとって今回の苦い体験はひとつの貴重な教訓になったね。もし今後の人生で、ふたたび目覚し時計を持って電車に乗るときがきたら、今度はスイッチの切り忘れに注意するでしょう(そんな機会があればだけど)。
人間の性格っていうのはこうやって形成されていくんだなぁと。深いなぁと。

ただ、もう一度彼に出会ったら、近くで目覚し時計の音をチョロッと鳴らしてみたいという衝動がどうしても押さえられません。ひとりの人間として、当然の欲求だと思うんですが、ダメですかね。