マスクに含まれる(二)酸化チタンの毒性や健康被害は報告されていません。

【主張】

  • マスクには「発がん性化合物」が含まれている。

  • (二)酸化チタンの暴露は全体として「吸入による(二)酸化チタンの許容暴露レベル」を上回ることになる。

【詳細評定】

出典記述内容を意図的に誤記:

  • ベルギーの研究では、マスクに(二)酸化チタンの粒子が含まれていることが判明しましたが、その粒子がマスクから放出され、着用者が吸い込むことで何らかの悪影響を及ぼす可能性があるかどうかは評価されていません。

  • 故に、この研究に基づくマスクの安全性についての主張は裏付けがありません。

裏付け不十分:

  • (二)酸化チタンは、ラットでの研究に基づいて、吸入による「ヒトに対する発癌性物質」の可能性があると分類されました。

  • しかしながら、この化合物が人の発癌リスクを増加させるという決定的な証拠はありません。

  • 更に、ラットはマスクに含まれる(二)酸化チタンよりも遥かに高用量の(二)酸化チタンを摂取しており、加えてその一部しか放出しないことが予想されます。

【キーポイント】

  • (二)酸化チタンは天然に存在する鉱物で、美白剤、つや消し剤、日焼け止めとして使用され、最近ではナノ材料として使用されています。

  • また、マスクの製造に使用される多くの合成繊維にも含まれています。

  • ヒトに対する「発癌性物質」としての分類は、ラットを用いた研究データに基づく予防措置でした。

  • しかしながら、これまでの研究で、職業的に高濃度に曝露した場合でさえも、この化合物のヒトへの毒性は認められていません。

  • どんな微粒子でも大量に吸い込むと肺の病気のリスクが高まりますが、現在までのところ、マスクに含まれる(二)酸化チタンが大量に放出され、人に健康被害を与えるとは考えられません。

【レビュー】

マスクに「発癌性化合物」が含まれていると主張するソーシャルメディアの投稿が、2022年11月上旬に流行しました。その投稿(例はこちらとこちら)は、2022年3月11日にウェブサイト《Children's Health Defense》に掲載された整体師Joseph Mercolaの記事を共有したものです。ソーシャルメディア分析ツールCrowdTangleによりますと、この記事はFacebookで3,400以上のエンゲージメントを獲得し、1,600以上のシェアを獲得したそうです。

Mercolaは、ホメオパシーの推進、フッ素入りの水は安全でない、COVID-19による死亡は「大幅に過大評価されている」、COVID-19ワクチンは免疫抑制を引き起こすなど、健康に関する不正確で誤解を招く主張を数多く行なってきました。Children's Health Defenseは、過去にもCOVID-19ワクチンの安全性について、複数の誤った、誤解を招くような主張を広めてきました。

今回のMercolaの主張は、2022年2月にScientific Reportsに掲載された研究に基づいています[1]。この研究は、ベルギー保健省傘下の連邦科学機関であるSciensanoが、様々な種類のマスクの品質と安全性を評価するプロジェクトの一環として実施したものです。この研究結果は、Sciensianoが2021年10月の報告書で既に発表していましたが、分析した全てのマスクに、様々な量の(二)酸化チタン粒子が含まれていることが分かりました。

しかしながら、Mercolaの記事はそこから一歩進んで、この研究で分析された全てのマスクが「この癌を引き起こす化合物を含んでいる」と主張し、(二)酸化チタンの存在がマスク着用者にとって危険であることを暗に示しているのです。

しかしながら、この主張には根拠がなく、誤解を招く恐れがあります。以下では、Sciensanoの研究が、マスクに含まれる(二)酸化チタンが有害であるという主張を支持する十分な証拠を提供していない理由を説明します。また、このレビューでは、(二)酸化チタンの安全性に関する現在の証拠も分析します。

《(二)酸化チタンとは何ですか、どうしてマスクに含まれているのですか?》

(二)酸化チタンは天然鉱物の一種で、白色顔料やつや消し剤として塗料や紙、繊維製品に、また食品、化粧品、医薬品の添加物として使用されています。また、紫外線を効果的にカットすることから、日焼け止めの成分にもなっています。

(二)酸化チタンは、マスク用繊維の美白剤や紫外線防止剤として使用されています。また、繊維メーカーが100ナノメートル(髪の毛の直径の1000分の1)以下のナノ材料として、マスクに配合する動きも始まっています。ナノ粒子は、マスクのろ過能力の向上や抗菌作用など、さまざまな用途に活用されています。しかしながら、人間の健康に対する潜在的な影響については、殆ど知られていません[2]。

何十年もの間、(二)酸化チタンは化学的にも生物学的にも不活性であると考えられており、これは他の化学物質や生体組織と反応しないことを意味しています[3]。しかしながら、最近の研究により、人間の健康に有害な影響を与える可能性があるという懸念が提起されました。その研究に基づいて、WHOの一部である国際癌研究機関(IARC)は2006年に(二)酸化チタンを「ヒトに対する発癌性物質の可能性」(グループ2B)に分類しました。

しかしながら、この分類は、必ずしも(二)酸化チタンがヒトに発癌性をもたらすことを意味するものではありません。また、SNSで指摘されているように、マスクに含まれることが必ずしも有害であることを意味するわけでもありません。以下に説明するように、ヒトにおけるリスクのレベルは十分に特徴づけられておらず、曝露量、(曝露)時間、曝露経路等、多くの要因に左右されるからです。この分類を考慮した場合、IARCでグループ2Bの発癌性物質とされている他の物質は、アロエベラや漬け物です。

《フェイスマスクに(二)酸化チタンが含まれていても、マスクが有害であることを証明するものではありません》

Sciensano社の研究では、ベルギーと欧州連合の様々なサプライヤーによる使い捨てと再利用可能なマスクを含む12種類の市販フェイスマスクにおける(二)酸化チタン・ナノ粒子の存在、量、および位置を評価しました。

研究者らは、(二)酸化チタン・ナノ粒子が12枚のマスクの少なくとも1層に存在し、その量はマスク1枚当たり0.8ミリグラムから152ミリグラムであると報告しました。これらのナノ粒子はナイロン、ポリエステル、不織布の合成繊維に存在し、綿繊維には存在しませんでした。

著者らは、これらの繊維の表面に存在する(二)酸化チタンの量を計算しました。そして、分析した全てのマスク、特に再利用可能なマスクにおいて、このレベルが吸入による暴露の計算された許容閾値を超えると推定したのです。しかしながら、これらの粒子が実際にマスクから放出され、その後着用者が吸入したかどうかは示されていません。

この研究では、許容可能な曝露の閾値を、着用者が悪影響を受けることなく吸入できるマスク1枚当たりの粒子量と定義しました。この閾値は、フランスの食品・環境・労働衛生安全庁(ANSES)が推奨する職業暴露の限界値に基づいて3.6マイクログラムに設定されました。全ての計算は、人が1日8時間マスクを着用した仮想シナリオを想定しています。

この研究では、繊維表面の(二)酸化チタンのレベルが安全基準値を超えていると判断されました。しかしながら、そもそも繊維から放出される可能性があるのかどうかまでは明らかにされていません。そのため、マスクに付着した(二)酸化チタンが着用者に吸入される可能性があるかどうかは証明出来ませんでした。吸入は、(二)酸化チタンの毒性の可能性を示唆するいくつかの証拠がある唯一の暴露経路です。皮膚との接触など、他の暴露経路が害をもたらすという証拠はありません。故に、これらの結果は、単に「ポリエステル、ポリアミド、熱接着不織布、二成分繊維を含むマスクが集中的に使用される場合、吸入による健康リスクは否定出来ない」ことを意味しています。

著者らは、「マスク着用時の放出と吸入取り込みを直接測定して評価することが出来なかったため、TiO2粒子の放出の可能性そのものについては想定していない」と、既にAbstractで研究の限界を認めています。また、「結果と考察」では、これらの結果はフェイスマスクが有害であることを示すものではない、と説明されています。

「COVID-19のパンデミック対策において、フェイスマスクは重要な役割を担っています。今のところ、マスクに含まれる(二)酸化チタン・粒子に関連するリスクの可能性が、防護策としてのマスク着用の利点を上回るとするデータはありません。ですから、マスクの着用をやめるようにとは言っていません」

従いまして、「(二)酸化チタンへの曝露が『吸入による(二)酸化チタンの許容曝露量を系統的に超えている』」ことを示したというMercolaの主張は、研究結果を誤って伝えているのです。

著者らは「COVID-19に対するマスク着用の重要性は疑う余地がない」としながらも、「二酸化チタンはその生産に必要ではない」と説明しています。そのため、彼らは規制当局に対して、マスクに含まれるこの化合物の量を制限して、全体的な被曝量を減らすように促しました。

Mercolaの記事は、研究の限界に言及しなかっただけでなく、マスクが「病気の原因になる」という証明されていないメカニズムについて論じ、マスクが有害であるという誤ったストーリーを更に補強してしまいました。

具体的には、記事は「フェーゲン効果」を引用し、フェイスマスクが人自身のウイルスが「気道の奥深く」に広がることによってCOVID-19をより重症化させることを示唆しているのです。しかしながら、Health Feedbackが以前のレビューで説明しましたように、このような効果は、いかなる病気に対しても科学文献で証明されたことはありません。

いくつかの質の高い研究では、マスクの使用は、特に物理的距離や頻繁な手洗い等の他の対策と組み合わせた場合、COVID-19患者、入院、死亡の割合の低下と関連していることが示されています[4-7]。

ANSESデンマーク環境保護庁による2つの2021年の調査も、マスクに有毒な化学物質が含まれているという主張と矛盾しています。分析された物質には(二)酸化チタンは含まれていませんでしたが、これらの分析では、フェイスマスクに含まれる他の化学物質の存在に関して健康への懸念はないことが分かりました。また、いずれの化学物質も、大人や 小児に対して設定された安全基準値を超えておらず、両研究とも、そのような少量の化学物質が健康リスクを引き起こす可能性は低いと結論づけています。

《(二)酸化チタン・ナノ粒子のヒトにおける安全性に関する現在のエビデンス》

上述したように、化合物の毒性は曝露経路に依存します。そして、ナノ粒子に関して考慮すべきもう一つの側面は、その非常に小さなサイズです。この特性は諸刃の剣であり、ナノ材料の使用に関連する重要な利点と欠点の両方を担っています。人間の健康に関して、ナノサイズの粒子は、経口経路、吸入経路、または皮膚から人体に入り、臓器や組織に蓄積される可能性があります。

人間の健康への影響に関する研究はまだ非常に限られていますが、動物における研究では、ナノサイズの粒子は肺胞に到達し、血液に入り、遠くの臓器に移動して時間と共に蓄積する可能性があるため、同じ材料の大きな粒子と比較して吸入すると大きな健康リスクを引き起こす可能性があることが示されています[8-10]。

(二)酸化チタンの毒性に関して言えば、吸入が最も関連性が高く、最も研究されている曝露経路であるように思われます。実際、(二)酸化チタンを「ヒトに対する発癌性物質」の可能性があると分類したIARCの決定の大部分は、(二)酸化チタンの微粒子に暴露したラットが肺腫瘍を発症しやすいことを示す動物実験からの証拠に基づくものでした[11, 12]。

しかしながら、ラットで得られた結果がどの程度人間に関連しているかはまだ分かっていません。その理由の一つは、(二)酸化チタン・ナノ粒子への慢性的な曝露が、全ての齧歯類に同じように影響するわけではないことにあります。ラットでは肺腫瘍を誘発する一方、マウスやハムスターでは同様の暴露でも腫瘍や慢性病変を引き起こさないのです。このように、(二)酸化チタンの暴露に対する反応は齧歯類の種間でも異なるため、これらの結果をヒトに外挿することは慎重に実施されなければなりません[13,14]。

2011年、米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、(二)酸化チタン・ナノ粒子を職業性発癌物質の可能性があるものとして分類しました。この決定は、動物実験、臨床例報告、及びヒトにおける疫学研究からのデータに基づいています。これらの研究は、(二)酸化チタン・粒子が肺に蓄積し、肺癌のリスク増加との関連は示さなかったものの、軽度の肺の炎症と関連していることを明らかにしました[15]。

しかしながら、これらの研究の重要な限界は、その効果が微粒子物質の吸入によるものか[16]、それとも(二)酸化チタンに特有のものなのかを判断することが出来ないということにあります。実際、NIOSHは、(二)酸化チタンの組成に関わらず、その種の粒子への高い曝露による「(二)酸化チタンの吸入による悪影響は、材料固有のものではなく、一般的な影響によるものと思われる」と結論付けています。

最近では、(二)酸化チタンの経口曝露も社会的な関心事となっています。2021年、欧州食品安全機関(EFSA)は、(二)酸化チタンの安全性評価を更新し、この化合物はもはや食品添加物として使用出来ないと結論づけました。

しかしながら、この決定は、EFSAの評価において、発癌性、一般毒性、臓器毒性の証拠が見つからなかったこと、また、(二)酸化チタンを摂取した実験動物において生殖能力や子孫の発育に悪影響がなかったことを踏まえて検討する必要があります。

(二)酸化チタンの安全性評価を変更する決定は、食品中の(二)酸化チタンのかなりの割合がナノ粒子の形態である可能性を示す新たな分析に基づくものです。上記で説明した通り、ナノ粒子はユニークな特性を持ち、食品用酸化チタンナノ粒子に関する適切な発癌性研究が不十分でした。不確実性を考慮し、EFSAはこの化合物から潜在的な遺伝的損傷(遺伝毒性)を排除することは出来ないと述べています。そのため、食品添加物としての1日の摂取量に対する安全レベルも設定することが出来ませんでした。


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