自我 偽我 無我 妖怪にならないための言葉に思ったこと

自我

偽我

無我

について 考えを深めるように ずっと囁かれ続けられているような気がします。

でも 面倒なので?いや、 自分の心の奥を覗き込むのはちょっと 怖い気もあり  無視してきました。

無視してきたのは 自分の中にある醜いものを自分自身にも隠しておきたいという気持ちが在るからだと思います。

箴言集として 発刊された
妖怪にならないための言葉
あとがきの日付は
2/13日と
2/18日 の2つ

衝撃的な内容でありました。

日本では 霊界というと 妖怪の世界がイメージされることが多いようです。

水木しげるの ゲゲゲの鬼太郎や
宮崎駿の千と千尋の神隠しに見られるように
ボビュラーになっている霊界世界とは
妖怪の世界のほうが 知られています。

日本の霊界観に このような妖怪の世界が主流になっているのも、日本神道のなかにある問題、日本人のなかにある問題、そして 私たちの、私の心のなかにもある問題が 炙り出されていると思いました。

仏教は 自分を教えによって変えていく教義がありますが、日本神道には 自分を神仏へと向上させる教えが 無いようです。

神仏習合で仏教と神道が補完しあえる関係から廃仏毀釈で国家神道が仏教を切り離した明治維新の時代から  問題があったのかもしれません。


妖怪にならないための言葉には 我が身に当てはめても思いあたるものがいくつかありました。

妖怪は、根本的にうぬぼれており、自分をどう変えるかではなく、自分がどう変わったように見えるかに関心がある。

妖怪は、叱られるよりは、粉飾決算を選ぶ

妖怪の現代的特徴を指摘すると、「ゴマカシ」にある。うわべを取りつくろうのがことのほか上手である。

妖怪は、自分の仕事や生活態度を変えさせようとする人を軽んじ、一刺しし、事実をねじ曲げようとする。






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