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「さるぶー」の話

 さるぶー(猿笛)には一つ、もしくは複数の穴が開いていて、いい音を出すには熟練を要したが、吹くと「ポー」という音がした。それだけのことだが、他人が持ってると羨ましく、自分だけ持ってると誇らしかった。
 「さるぶー」のなる木はめったにある木ではなかった。正式にはイスノキと言うらしいが、父が平原と云う所で炭焼きをしていた時、そこで1回だけ見たことがある。「さるぶー」はなるというより、できると言った方が正しいようだ。何故なら、アブラムシが寄生してできる「虫こぶ」がその正体だからだ。しかし、そんなことは最近ネットで調べて初めて解ったことで、子供の頃は知る由もなく、実だと思って疑わなかった。穴は虫が出る時に開けたものだと想像できたが、よくもこんなに丸くできるものだと不思議に思った。
 そのイスノキが近くにあることを知った。今行っても「さるぶー」はなってないだろうと思ったが、落ちたのが残っているかもしれないと考え、居ても足ってもいられず探しに出かけた。
 それは国東市国見町岐部の天神様の境内にあった。幹回りは、抱えても手が届かず、測ると2m36㎝もあった。調べたところ、日本の材木としては最も硬くて重く、成長が遅いとのことだから、樹齢は百年ではきかないだろう。意外にも「さるぶー」は鈴なりであった。
 2回目にここを訪れた時、神社の裏の農家の作業場で、少し腰の曲がったおばあさんがお茶を沸かしていた。拝殿や、そこここには銀杏が干してあった。この木のことを尋ねると、60年前嫁に来た時にはもう在ったと話してくれた。そして、もう農協に出しても売れないからと、立派な沢山の銀杏をくれた。その真っ白な実に、こうなるまでの労苦と温もりを感じた。「さるぶー」がどのようにできるのか、興味が湧いた。できていく過程を見てみたくなった。
 その後嬉しいことに、治療に来た同級生のH君の情報で、以外にも自宅から10㎞程の所、田染三の宮の境内にイスノキを見つけた。こんな身近に在ろうとは⋯、それも大木だけでなく、手が届くところに「さるぶー」ができた若い木が何本もあった。

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