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謎の「丸ニーナ」

 昭和30年代の事である。夏の初め頃、豊後高田市を流れる大川(桂川)にあるカナ淵の井堰(いぜ)尻で、大勢の子供達が「丸ニーナ」を無心になって捕っていた。勿論食べる為にである。そこいらに居るニーナ(カワニナ)より美味かった気がする。ただこいつは、どういう訳かそこにしか居なかった。井堰の下部は老朽化でコンクリートが剥がれ自然石がむき出しになっていて、井堰を超して流れ下る水で石は黒く濡れていた。その辺りに丸ニーナはたくさん居た。
 数十年後、改修がされた同所に行ってみたが、丸ニーナは見つからなかった。海に居る「スガイ」によく似た丸ニーナが何故あそこにだけ居たのか不思議でならなかった。

昭和50年夏 カナ淵(井堰の下部は改修されている)

 3年前桂川の支流・蕗川で捕らえたウルンチン(ヨシノボリ)2匹とニイナシ(ムギツク)1匹が、今なお60㎝×20㎝の水槽で私を癒してくれている。
 少し寂しいので、メダカ(8匹)を買い、安心院からヒドジョウ(2匹)を買ってきた。水槽はだいぶ賑やかになったが、ニーナが居てもいいなと思い、近くの桂川のせせらぎに出かけた。
 ところがニーナは見つからず、タニシのようなのが点々と居た。タニシにしては小さいなと思いながら手に取って見ると、見覚えのある丸ニーナによく似ていた。誰かに見てもらおうと思い、十数個を用意したポリ容器に入れ持ち帰った。
 娘を施設に迎えに行く途中、畳屋の「富さん」を見かけ車を止めた。見せると「丸ニーナじゃ 珍しーな」と言った。私も「丸ニーナじゃなー」と念押しをした。ワクワクが感動に変わり、やがて「なぜここに」との疑問が生まれた。早速Wikipediaで調べたところ以下のようなことが解った。
 石巻貝(丸ニーナ)
「春から夏にかけて交尾し、メスは岩石や他個体の殻表に卵嚢を産みつける。卵嚢の中には100個余りの卵が入っていて、孵化したベリジャー幼生は海に流れ下り、植物プランクトンを摂食しつつ長期の浮遊生活に入る。充分成長したベリジャー幼生は河川の汽水域に遡上、着底後変態して幼貝となる。成長しながら河口を数km遡上したあたりの淡水域まで分布を広げるため、一般的には河川の上流に行くにつれ大型個体の割合が増える。」
寿命の記述はなかったが、他のサイトに1年程度から2~3年、水質に左右されるとあった。
 昭和30年代は川の水質がよく長寿で、河口から12㎞余りもあるカナ淵の井堰までも、遡上していたと云うことなのだろうか。又、下部のコンクリートが剥がれ落ちた井堰が、ねずみ返しの役割をし、遡上を妨げたと考えると、丸ニーナがこの場所に密集していた理由は納得できる。それさえ乗り越えていった個体もあったことだろう。
 現在の丸ニーナの生息域を、河口から7.1㎞の採取地点より上流に向け調査したところ、8.4㎞、10.1㎞、10.5㎞、10.6㎞地点で貝や石に付いた卵嚢が確認できた。しかし上流に行く程見つかる個体・卵嚢とも減少し、11.1㎞地点の沈み橋周辺の浅瀬では、両方とも確認することができなかった。2㎞程生息域上限が下がったことになる。ともあれWikipediaの記述を「十数㎞遡上」に修正した。
 今回の調査で、他にも面白いことに気づいた。支流に入るとニーナばかりで丸ニーナは全くいない。川岸に近い浅い所でも見つからなかった。丸ニーナは遡上と言う宿命から、深く水量の多い所を本能的に選んでいるのではなかろうか。
 私は知らなかったのだが、丸ニーナは淡水水槽のコケ取りとして、マニアの間では有名で重宝されているようだ。
 
 

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