金融・原発・疫病ショックから私たちが学ぶべき事
3.11
東日本大震災から9年が経ちました。
被害に遭われた方のために、黙とうを捧げます。
さて。
ここで今一度、東日本大震災と同じくらい、社会に大きなインパクトを与えた出来事を並べてみます。
2008. リーマンショック
2011. 東日本大震災
2020. コロナショック
こうした出来事に対する評価と、「これからどう舵を取るべきか」について、今一度整理をしておきたいと思います。
リーマンショック
端的に言えば、リーマンショックは
信用バブルの崩壊
であり、
砂上の楼閣を積み上げ過ぎた
事が原因です。これを受けて金融当局の規制も厳しくなりましたが、実は私も以前の仕事で影響を受けています。
2016年に、私がNRIのインドでシステム開発をした案件は、
リーマンショック後のリスク規制(バーゼルⅢ)
に対応するシステムの開発でした。
しかしやはり、どれだけ規制の目を厳しくしても、どこかに抜け穴はあるので、いたちごっこです。
長期的にみれば、
悪人に対する罰則を強化
するよりも、
貪欲にルールを破る個人や会社を前提
に、社会をデザインした方が、持続可能性は高そうです。
そのため、政治的な思想としては、厄介なモノを「持たない、作らない」という原則の方が大事ではないでしょうか。
東日本大震災
私はこの地震が起きた時に就職活動中で、4月に内定をもらってから、直接石巻の現場を見に行きました。
私が被災地を訪問した目的は、ボランティア的な活動ではなく、ただその「リアルな現実」を目の当たりにする事でした。
東北道の道路はガタガタで、石巻の現状は悲惨でした。
戦後の焼け野原
とでも表現すべき有様が、目の前に広がっていました。
ただ、そこでは「どうしようもない絶望感」よりも、むしろ黙々と復興作業を行う現場の方から、「再建に対する希望」を感じました。
日本の原発推進には、多くの関係者が共犯関係にあります。
オイルショックから始まる日本のエネルギー政策の転換、関連するメーカー、誘致を進めた政治家、原発を受け入れた自治体・・・。
それぞれの立場での利害調整をする中で、全国の各地に原発が立地され、たまたま運悪く、福島の原発が被災したのが現実です。
ただしその「後始末」は、途方もなく困難で、40年以上の時を経ても廃炉作業の見通しはつかない状況です。
飼いならしていたはずが、実は手に負えないモンスターだった
という意味では、原発事故はリーマンショックと同じ構造ではないでしょうか。
コロナショック
金融ショック・原発ショックに続く第三弾は、疫病です。
しかしこれも、上記2つと同じく、人災に位置付けられます。
歴史的にみれば、コロナショックは明らかに、ヒト・モノ・カネの移動の自由化を謳う
グローバリズムに対するアンチテーゼ
です。
各国でも移動自由の制限が強化され、この傾向は加速されると考えられます。
しかし今日まで、グローバリズムの推進により、多国籍企業が世界中に進出し、多くの周辺地域で「独自性」が失われました。
考えて見れば、金融ショックも原発ショックも、
本質的なリスク
を、「見えづらい他者」に転嫁していています。
例えばリーマンショックの元は「低所得の方(サブプライム)へのローン」であり、原発事故の被害者は「非都市部の周辺地域」です。
大きな資本や会社が、周辺地域の弱者を食い物にする
その社会的な構図の元、「アクセルを踏み込んだこと」への反動が、金融ショックであり、原発事故であり、コロナショックです。
まとめ
以上、世界的に大きな事件となった出来事を振り返り、その本質的な価値観について考えてきました。
金融ショックにせよ原発事故にせよコロナショックにせよ、
「ごく一部の人たち(資本家や政治家)」
が勝手に推進した事に対する反動です。
こうした事に振り回されるのは、「もうゴメンだ」と、多くの人が感じているはずです。
そのため、私たちの多くが目指すべきは、
周辺地域の同時多発的な自立
ではないでしょうか。
私たちの99.9%以上は、莫大な資産や政治家とのパイプを持たない「周辺地域」です。
そのため、私たちは
金融不安が起きても
原発事故が起きても
世界的な疫病が発生しても
「自分たちで自立的に生きる道」を探す事を求められています。
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