マガジンのカバー画像

バテレンの侵略から日本を守った信長・秀吉・家康の戦い

7
大航海時代、ポルトガルとスペインは、キリシタンを尖兵として、世界侵略を進めていました。中南米、フィリピン、マカオなどがその例です。その危険性に気づいた三英傑が日本を守りました。
運営しているクリエイター

#キリシタン

JOG(498) 冷戦、信長 対 キリシタン(下) ~ 信長の反撃

 信長の誇示する軍事力を見て、宣教師たちは日本の植民地化を諦めた。 ■1.信長の富国強兵策■  ポルトガル・スペインが、マカオやフィリピンを植民地化し、 なおかつ宣教師たちが九州のキリシタン大名を交易や軍事援助 を通じて後押ししている様を見れば、彼らの最終的な狙いが日 本の植民地化にあることを信長は見通していたであろう。天下 統一を進める信長にとって、思わぬ伏兵がいたのである。彼ら の布教を許したことを「我一生の不覚也」と言ったのは、この 故であった。  しかし、そこは

JOG(435) 島原の乱 ~ 持ち込まれた宗教戦争の種子

 欧州から持ち込まれた宗教戦争の種子が突然、日本の地で芽を出した。 ■1.「立ち帰った」キリシタンたち■  寛永14(1637)年10月、島原有馬村の二人の百姓が、天草 へ行き、そこで「天の使」として布教を始めた益田四郎という 16歳の少年(天草四郎)に帰依して、キリシタンが礼拝する 絵像を持ち帰り、村人を集めて布教を始めた。  四郎は習わぬのに文字を読み、キリシタンの講釈を行い、ま た海上を歩いて見せたという。そして、次のような檄文が流布 されていた。 ______