もしも、Appleカーが登場したら・・・ 迫る自動車の再定義 百家争鳴Appleカー



米アップルが電気自動車(EV)に参入するとの見方が飛び交い、早くもどんな車かと百家争鳴だ。スマートフォンを発明したアップルならば、既存の退屈な車を再定義するとの期待が高まる。ガラケーを駆逐したiPhoneの実績もあり、自動車産業の秩序を崩す可能性がある。2025年前後の量産と噂されるアップルカー。各界の識者の見方を基に、その破壊力を見通す。

「これまでの車の価値は吹き飛ぶ」――

日産自動車元COO(最高執行責任者)で、INCJ会長の志賀俊之氏は、アップルカーに対する危機感をあらわにする。自動車がiPhoneと同様にアップルのオンラインサービスにつながる一端末として「従属」した存在になると考えるからだ。日本自動車工業会会長の豊田章男氏は「車は造った後に30~40年使われる。(アップルに)その覚悟はあるか」との見方を示した。

■現代自、アップルとの交渉を公表後に撤回
アップル自身はいつもの秘密主義を貫き、何も明かさない。ただ韓国・現代自動車が21年1月にアップルとの交渉を公表し、その後に撤回したことで「公然の秘密」となった。世界中でアップルカーに対する期待が高まる一方、株式時価総額で世界最大の最強テック企業の計画を、既存の自動車メーカーは警戒する。

米アルファベットをはじめ、IT(情報技術)企業が自動車産業への参入をもくろむのは今や普通である。自動運転技術などの進化で車の付加価値がハードからソフトに移るなか、ソフト開発にたけたIT企業に好機が生まれると見るのは当然だ。


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今回、「百家争鳴Appleカー」の企画を担当した日経クロステックの清水直茂記者と企業報道部の押切智義記者が、「ながら日経」で記事を解説しました。
ただ、アップルがあまたあるIT企業と異なるのは、ハードの開発能力が抜群に高いことである。大半の新規参入企業は車両という数万点に及ぶ部品を組み合わせたハードの開発でつまずく。最近その壁を乗り越えられたのは、米テスラくらいだ。

アップルならば車両開発の高い壁を安々と乗り越え、しかも「既存の自動車メーカーの造る車両をはるかに上回る価値を提供する」(志賀氏)と思わせる「何か」がある。スマホという人々の生活を一変させた製品を発明した企業であるうえ、iPhoneのボディーをアルミニウム合金の塊から削り出しで作るなど「ものづくり」に強いこだわりがあるからだ。

影も形もないアップルカーがこれほど注目されるのは、既存のクルマに対する不満の裏返しとも言える。車が発明されて100年以上、安全性を高めて環境負荷を減らすなど負の側面を小さくしてきた。一方で本質的なところは何も変わっていない。ステアリングを握り、アクセルペダルを踏んだりブレーキをかけたりしながら目的地まで走らせる。アップルに「退屈な車の再定義」を期待したくなるわけだ。

iPhoneの革新性を体現するユーザーインターフェース(UI)研究の泰斗、東京大学大学院教授の暦本純一氏はアップルカーに対して「車の根源的な問題解決を狙うのではないか」と「魔法」を期待する。

テスラはOTAと呼ばれる無線通信を用いた遠隔ソフト更新サービスで自動車産業のビジネスモデルに新風を吹き込んだ
テスラはOTAと呼ばれる無線通信を用いた遠隔ソフト更新サービスで自動車産業のビジネスモデルに新風を吹き込んだ

一例として「酔わない車」を挙げるが、そんな夢を見る気にさせるところがアップルの真骨頂だろう。既存の延長上の開発に終始する自動車メーカーには到底期待できない。

アップルがEV開発を模索する背景には、テスラの躍進が大きいと多くの識者が指摘する。とりわけアップルを魅了したと思わせるのが、無線通信によるソフト更新で発売後に機能を高めるOTA(オーバー・ジ・エア)を採用し、一定の成功を収めていることだ。iPhoneの「生態系」を車に持ち込むことが現実味を帯びてきた。

■OTAでiPhoneの「生態系」を車に
アップルは、iPhoneの販売とともに、アプリ配信基盤「アップストア」で利用者が開発者に支払う料金の一部を手数料として得る両輪で収益を高めてきた。OTAでアップストアからアップルカーのアプリを更新することで、iPhoneの「勝利の方程式」をEVで実現するわけだ。アップルカーの登場で「OTAができないEVは競争力を失う」(インテルのデジタルインフラストラクチャーダイレクターの野辺継男氏)との見方が飛び出す。


アップルがEV開発を模索する裏には、スマホが成熟産業に差し掛かっていることもありそうだ。アップルが成長を続けるには新市場が欠かせないが、同社の売上高は既に約30兆円に上る。今さら小さな市場に参入しても成長を望めない。

「Google vs トヨタ」の著作があるナビゲータープラットフォーム取締役の泉田良輔氏は「巨人に見合う市場規模の産業は自動車や医療、エネルギーなどに限られ、(EV参入は)自然な流れ」と読み解く。アップルは手元資金が潤沢で、投資家による株主還元の圧力が強い。EV開発は「手元資金の使い道の一環」(同氏)でもある。

しかもアップルがEVへの参入をもくろむとされる25年前後は、自動車産業の転換点となり得る絶好機である。現状は大半の企業が赤字とささやかれるEVの利幅がエンジン車並みになり、一気に普及が進む可能性がある。裏を返すと、25年前後までにEV市場に参入しなければ、先行企業に取り残されかねない。


ゴールドマン・サックス証券マネージング・ディレクターの湯沢康太氏は、25年にEVのコストの多くを占めるリチウムイオン電池の価格が1キロワット時で100ドルを下回り、2000ドルの補助金を前提にすると、自動車メーカーはEVでエンジン車並みの利益水準を確保できると予測する。消費者にとってもEVをガソリン車並みの価格で買えるようになる見通し。

湯沢氏は「日系メーカーは補助金前提の事業構想を嫌いがちだが、世界でゼロカーボンを目指す動きの中でEVの補助金を減らす政策はとりにくい」と分析し、EVの販売が一気に増えるとみる。