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滋賀一周ラウンドトレイルができるまで〜大会前夜

大会に必要な準備は、もちろんコース整備だけではない。準備は、NPO法人が母体となった実行委員会で、分担をして進めていった。

滋賀県や各市町村、警察署、消防署、関係団体との調整を、代表の成田さんと、弟で滋賀県の議員をされている成田政隆さんが進めていった。大会期間中のボランティア組織は和地さんがまとめ役となり、ボランティアの募集から期間中の割り当て、必要な書類の準備などを進めてくれた。宿泊や食事は丹羽さんが手配し、キリコさんが中心となって準備していった。備品の準備や、制作物の手配を藪さんが行ってくれた。

大会に協力を申し出てくださる方々も増え、京都の山食音さんと麓さんは、期間中ずっと、選手の晩ご飯と朝ご飯を作って頂けることになった。このご飯は、大会中選手に大好評だった。さらに、広島の靴下メーカーであるインナーファクトさんが、期間中ずっとキャンピングカーでスタッフをしてくださり、全選手に靴下も提供頂けることになった。

役員会では、こうした準備を進めるに当たって重要な事項を相談して決め、さらに、大会に必要なグッズの制作も進めていった。

コース整備に必要なコーステープは、今後もトレイルで使えるよう「滋賀一周トレイル」という文字を入れて制作した。参加賞Tシャツは、パタゴニアのTシャツにロゴをプリントしたデザインで、2色作ることにした。滋賀一周ラウンドトレイルのロゴは、元山さんが考えてくれたデザインで、みんなに好評だった。

スタートやゴール地点に横断幕が必要だね、ということになり、百合さんがデザインをして、大津港の石柱の幅に合わせた大きな横断幕を作ることになった。現地に行ってみると、石柱が思いの外巨大で、随分大きな横断幕になった。

ゼッケンは最初、TJARのようにビブスにしようという案だった。8日間あるので、1枚のゼッケンでは破れてしまうだろう。しかし、ビブスはビブスで、だんだん臭くなるんじゃないか、とか、ビジュアル的にはゼッケンの方が良いね、という話になり、「それならゼッケンを8枚用意すればいいじゃないか」「それぞれのステージの地図をプリントして、8枚並べると一周の地図になるのはどうだろう」というアイデアが出てきて、そうしよう、ということになった。こちらも百合さんがデザインしてくれて、地図入りのゼッケンが出来上がった。

このゼッケンは、ステージを完走できないとリタイアした時に回収される。全部のステージをクリアした人だけが、1周分の地図を持ち続けることができる、という趣向になっている。

さらにこだわったのは、完走証だ。コース整備の際に、太い倒木をチェーンソーで切る際、最初にV字に切り込みを入れる。この切り込みから、スイカのような形をした木片ができる。整備チームではこれを、「スイカ」と呼んでかわいがっており、記念に家に持ち帰ったりしていたのだが、ある時「このスイカをシガイチの完走証にしたらどうか」というアイデアが出てきた。

たくさんの木を切って整備をして作ったコースを走るのだし、そのコースの整備から生まれた木片が完走証になるのはとても良いアイデアに思えた。しかも、ちょこんと立つので飾りやすく、見た目もかわいい。ただの木片では何か分からないので、焼印を作って大会のロゴとFINISHERの文字を焼き入れる案が採用された。

こちらも百合さんが焼印のデザインをしてくれ、さらに、焼入れの作業を大会期間中に行ってくれた。表面を平らにしないと上手く文字が入らなかったらしく、ヤスリがけなど、細かい作業が必要だったそうだ。

計測システムを作る

プレ大会に向けて新たに準備したことの中には、計測システムもあった。前年から、西さんが中心となって、各計測システムの調査や見積もりを取ったりしていたが、既存の計測システムを導入するにはそれなりのお金がかかる。

プレ大会は多くて30人程度の選手しか走らないし、もう少し安く抑えられないか。そう考えていた頃に、2018年秋のKyoto Mount Chopで、内糸さんと知り合い、「計測システムに使える仕組みがありますよ」という話になった。

聞いてみると、BLE(Bluetooth Low Energy)タグを選手が持ち、それをスマートフォンのアプリで検知できる仕組みがあるらしい。半径30mほどの近さに入ると、アプリがタグを検知し、時刻や場所をサーバーに送ることができるということだった。

半径30mで反応するということは、計測ポイントの少し手前で反応する可能性があるということだ。マラソン大会のように秒単位の精度が求められる計測には使えないかもしれないが、シガイチのような長距離の大会では、十分な精度だった。

しかもこのシステムは、スマートフォンを持っていれば計測できるので、シートを地面に敷いたりする必要がないし、ポイントを簡単に増やすことができる。山の中のスタッフにスマートフォンを持ってもらえば、エイドだけでなく山にも中間計測ポイントをたくさん追加することができる。

これは良い、ということになり、この仕組をベースにして、大会の計測ができるシステムを独自に開発することにした。システムは、ちょうど会社(OND)でトレラン用のコース共有サービス(IBUKI)を開発していたので、そこに付け加える形で会社で取り組むことにした。

まずは2018年の京北トレイルランで、試験的に計測テストを行ってみたが、住所が上手く特定できないなどの原因で、思い通りの結果は得られなかった。不具合を解消して挑んだ湖南アルプストレランレースでは、きれいにデータを取ることに成功。さらに、2019年の京北トレイルランでは、取得したデータをリアルタイムで速報として表示するシステムが稼働し、始めての結合テストを行ったが、この時は細かい設定ミスなどがあり、当日は上手く結果を表示できなかった。

京北トレイルランからシガイチの本番までは1週間もなかったが、この1週間で若林くんや二宮さんが中心となって不具合を解消し、大会当日には速報が表示できるようになった。

IBUKIの速報システムは、第1ステージ、第2ステージくらいまではきちんと動いていたが、次第にデータ量が膨大になって処理が追いつかなくなるなどして、上手く結果が表示できない状態になった。そのせいで、結果を見たい選手や関係者の皆さんにはご迷惑をおかけした。今年の反省を生かして、さらにシステムは改善していきたい。

コースの試走

大会のコースは430km以上ある。これだけの距離を、誰かが1人で試走するのはかなり難しい。そこで、2ステージずつ手分けして試走を行うことにし、一部は選手にも手伝ってもらうことにした。

第8,1ステージはシガウマラの奥村さんに、第2,3ステージは井口さんに、第4,5ステージは尾崎さんに、第6,7ステージは丹羽薫さんにお願いをした。

第8,1ステージは奥村さんが広く参加者を呼びかけてくださり、都会から近いこともあって複数の参加者が参加して試走が行われた。整備を担当してくださった丸山さんも、第1ステージのマーキング等を行う試走会を実施してくれた。

第2〜5ステージは、4月に入っても積雪が多く、試走に行ってもらっても1m以上の雪が積もっていてなかなか進めず、直前の試走を行うことができない区間が残ってしまった。井口さんや尾崎くんからは、すみません、とお詫びをされたが、むしろ積雪が残る中試走に行ってもらえて本当に有難かった。できないものは、もう仕方がない。

第6,7ステージを受け持ってくれた丹羽薫さんは、なんと2ステージをノンストップで通しで走る、と言い始めた。7月にアンドラで開かれるユーフォリアの練習がてら、ペアで出場するいいのわたるさんと、GPSを見ながら一緒に夜通しで走るというのだ。そもそも、100kmある鈴鹿山脈を、北から南までノンストップで縦走した、という話は聞いたことがなかった。もしかしたらこの試走自体が、初のチャレンジになるのではないか、と思い、整備作業の後に応援に行かせてもらった。

実際に行ってみると、丹羽さんといいのさんが2人で、「こっちの方が見やすいかな」などと言いながら丁寧にマーキングをしつつ進んでいた。想定以上の難コースに丹羽薫さんでも手こずり、予定よりも随分長い時間がかかったようだが、そこはさすがの薫さん、それでも途中で止めるという選択肢はなかったようで、最後まで完走してしまった。もはやこれは、「試走」というレベルでは無かった。

それ以外にも、大会に出場する選手が試走した情報などが届き、その情報を元に考えると、当初の関門時間設定では完走者が出ないのではないか、ということが危惧された。もともと、各ステージの関門時間は16時間で設定していたが、例えば第6ステージでは、丹羽薫さんで(2ステージ通しで走るペースだったとは言え)16時間半以上かかっており、そのままの設定では完走者が0人になる可能性があった。

とは言え、最初の設定でもすでに運営スタッフの負荷を考えるとギリギリ(というかギリギリを超えている)だったので、役員メンバーで議論が続いた。ただ、レース終盤ならまだしも、レース序盤で全員がリタイアし、誰も一周を目指すことができなくなるような事態は避けたいし、できれば1人でも完走者を出したかった。そこで、スタッフの皆さんには負担が大きくなるが、最初のプレ大会としてどうしても完走者を出したい、という思いで、関門時間を18時間に設定することにした。

大会の準備は当日まで慌ただしく続いたが、それでも準備が万全なのかどうかはよく分からなかった。

1年以上の長い期間、ずっと準備を続けてきた。山に通い続けて、道を作った。たくさんの方との出会いがあり、ご協力頂いた。当然ずっと、「いつかは本番がやってくる」ことは分かっていたつもりだけど、「本番はまだ先」という状態があまりに長く続いたため、本当に本番がやってくることに、正直なところ驚いている自分がいた。「やばい、ほんとに始まるんだ」。

二宮さんも同じことを感じていたようで、「本当にシガイチが始まるんだ」「信じられないね」という会話をしたのを覚えている。

しかしここまで来たら、もうあとは、なるようにしかならない。案ずるより産むが易し、と思うしかない。あとはもう、流れに身を任せて、やるべきことをやっていくしかないだろう。

明日の朝になれば、選手が大津港に集まって来る。午前7時になれば、滋賀一周の旅へと、選手たちはスタートするのだ。走り始めてしまえば、あとはもう、進み続けていくのだろう。その先には、一体どんなドラマが待っているのだろうか。


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