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芥川賞候補作『それは誠』が“この世で最も親密な関係”を描いていた

標題の通りです。
乗代雄介さん『それは誠』を読んでついつい巨大な感情を抱いたので、約2年半ぶりにnoteを更新しています。


感想を書く前に

私は決して読書家ではなく、他人よりも小説を読んでこなかった方だと思っています。
本作が影響を受けたとされるサリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』や、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』も未読です(一応、スティーヴン・キング『スタンド・バイ・ミー』の日本語訳の原作と映画は読了/鑑賞済みです)。
なので、この記事は読書家による書評でも読書ガイドでもなんでもなく、たまたま読んだ本で突き動かされた衝動で書いています。それを踏まえて軽くく読み飛ばしていただければ幸いです。

あらすじ

第169回芥川賞候補作に選ばれた、いま最も期待を集める作家の最新中編小説。修学旅行で東京を訪れた高校生たちが、コースを外れた小さな冒険を試みる。その一日の、なにげない会話や出来事から、生の輝きが浮かび上がり、えも言われぬ感動がこみ上げる名編。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163917214

芥川賞は逃したものの、後述する青春小説としての面白さから話題を集めていて、私もたまたまネット上の記事で目にしたのがきっかけで読みました。


以下、ネタバレはないけど……

ネタバレ要素はありませんが、物語の展開に触れたりします。
先入観なしで読みたい方は、今すぐこの怪文書を消して本を読んでください!








この”関係”を何と呼べばいいのだろう

主人公は、地方に住む、高校2年生・佐田誠。彼は東京への修学旅行の班別の自由行動日に、学校に提出したコースから外れることを試みる。行き先は、日野。生き別れになった、大好きな「おじさん」に、どうしても会いたいのだ。だが、ひとりで抜け出すはずが、班の男子全員が佐田と行動し、別行動の女子たちも学校側にその事実がバレないように協力することに。佐田たちは教師をはじめとする大人たちを上手く騙し、「おじさん」に会うことができるのだろうか。

https://ddnavi.com/review/1162309/a/


修学旅行で男子4人が秘密の抜け駆けの冒険をするという、ちょっとした『スタンド・バイ・ミー』な話。さらに、正規ルートを通る女子3人がアリバイ工作を試みて、班ぐるみで主人公・佐田の冒険を後押しする。

とはいえ、彼らは最初から仲が良かったわけではなく、それどころか班は「寄せ集め」で選ばれたようなものだった。
男子は
・”陽キャ”のサッカー部員
・真面目だがどこか陰気な印象を受ける優等生
・吃音もちで病弱
女子も(いわゆる)スクールカーストの上位にいそうな人達で、”陽キャ”を除けば主人公たちとは接点があるわけではない。
そして何より、友達がいないと自認し、地の文から中二病の雰囲気が漂う主人公。

最初は「ウッ……」と思った。特にイタい地の文から。
だが、読んでいくうちに、私は彼らの”関係性”の変化に衝撃を受けた。
もちろん恋愛とかBLとかではない。

「これ、”共犯者”じゃん……」と。


“この世で最も親密な関係”

私が好きな小説の『裏世界ピクニック』シリーズの第1巻で、主人公の相棒が次のセリフを言う。

「知ってる?共犯者って、この世で最も親密な関係なんだって」

宮澤伊織『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』

『裏世界ピクニック』では主人公とその相棒が「秘密」を共有し、秘密により深く関わっていくことで”共犯者”として関係性を深めていく(裏ピもいいぞ、アニメにもなったしコミカライズもやってる)。


他人に話せない秘密を共有する関係(その秘密が法律に触れるか否かは問わず)を「共犯関係」と呼び、その関係にある他者を「共犯者」と表現している。”共犯関係”は、誰か一人が秘密を話せば破綻してしまう。だが、秘密を話すと自身も「犯行」も露見し、自分もダメージを受ける(「秘密」によっては社会的/物理的に制裁を受けることもある)。

ここでいう「共犯者」の相互依存性は、ある意味で並大抵の「恋人」よりも強いのではないか
より極端にいえば、恋愛関係より共犯関係の方が関係性の”強さ”があり、”情念”がある

『それは誠』でいえば、主人公の佐田が「おじさんに会いに日野まで行く」という、修学旅行では到底許されない単独行動をしようとして、それに班のメンバーが同行したり、秘密の隠蔽/アリバイ工作に協力したりする。
これはまさに”共犯者”の物語だ。

とはいえ、当初の計画では主人公だけが単独行動する予定であり、もしもそのままであれば、佐田をみんなが遠隔から見守りながら彼の行動に連帯責任を取ろうとはしない《弱い》共犯関係になっていたはず。中二病全開で他人と関わろうとしないめんどくさい男子との関係はその程度であったのに。

しかし、物語が展開するにつれ、彼らは次第に《強い》共犯関係になっていく。佐田の単独行動に男子が一人、また一人と同行すると言い出し、最終的には男子4人で日野に行くことになる。

当初はある事情から単独行動に反対していた優等生の同級生も、変なきっかけで渋々(?)協力すると言い出し、そうしたかと思ったらなぜかついてきて、そしてこの「完全犯罪」が破綻しそうになった場面で時刻表トリックを繰り出す(一行が利用したJR武蔵野線にまつわる「あるある」がヒントになっており、昔武蔵野線をよく利用していた私は個人的にMVPだと思った)。最初は全く良くない関係だったし、「こいつは最後デレるな〜」とは思っていたが「お前……!」と思った(男です)。
もちろん、これは陽動作戦(というか正規ルート)で別行動している女子も巻き込んでいき、次第に皆が佐田の生い立ちや人生に関心を抱く。

上述のように、彼らはこの行動の中でただ仲良くなるだけでなく、それぞれ小さいながらも秘密を抱えていて、それに気づきながらも距離を縮めていく。もちろんバレそうになるトラブルも起きる。そんな過程に引き込まれる。

7人の共犯者、2人だけの共犯関係

本作は主人公・佐田を巡って班のメンバー7人が”共犯者”となる。
それが物語の主軸だが、もう一つ、佐田と一人の女子、2人だけが秘密を共有して”共犯者”になる描写がラストに登場する。

主人公の佐田は他人と距離を取ろうとしつつも、同じ班の(いわゆる)スクールカースト上位の女子を朧げに、しかしあからさまに意識している。地の文で名前を名字ではなくフルネームで表記するし、彼女と他の男子とのさりげない仕草をしっかりと見張ってそのことを引きずるし。佐田、そういうとこだぞ……。

でも、最後のオチで主人公とこの女子が、ささいな「秘密」を共有する。本当に大したこともないことだが、しかし確実にこの世界で2人だけの”関係”。
ここで2人は”共犯者”になった。この描写、2人の表情が本当にいい。
佐田、これからの人生でこの場面を要所要所で思い出すんだろうな……。

思春期の美しい一瞬を描いた

ここまで書いているが、結局のところ、彼らは修学旅行が終わったらそれ以上仲良くなることはないだろうし(同性同士では仲良くなっていそうだけど)、まして高校から卒業したら連絡を取ることはないだろう。
この程度の関係はどこの高校にもあるだろうし、その程度の関係でしかない。

しかし、自由行動で抜け駆けした(+そのアリバイ工作をした)という事実は、班のメンバーの一人のある事情によって卒業まで誰にも話せないことになる。秘密を共有せざるを得ないのだ。
人生の一瞬とも言える時期の共犯関係。もちろん犯罪をしたわけではないが、とてもヒリヒリするし、それが美しい。
彼らは「友達」になったわけでも、「恋人」になったわけでもない(もしかして?という描写はあったし、それに佐田は若干振り回されている)が、決して忘れないだろう。秘密の共有の義務は高校卒業で消滅するだろうが、この出来事は一生忘れられない思い出になる。
いつだって思春期の出来事は、その時の苦悩が抜け落ちて美しい思い出になる。
後ろめたくはない「墓場まで持っていく」記憶になるだろう。


世の中には「青春小説」が溢れているが……

本作の目的である、主人公が「おじさん」に出会えたのか?
そもそもなぜ生き別れたのか? なぜ会おうと思ったか?
タイトルの「それは誠」とは?

是非読んで確かめてほしい。
佐田が徐々に心を開いていくうちに、それは自身の”おぞましい”気持ちであることが分かる。
それをどう乗り越えるかも大きなテーマになる。

この物語は佐田が修学旅行から帰ってきてからPCに向かって回想を書いているという形式で語られる。なので、抜け駆けのくだりはすでに過去になっている。もちろん、彼らが共犯者になる過程も。
佐田はあの出来事を一人でPCに向かって、どんな気持ちで思い返しているのか……。多くは語られないので、読み返して考えている。

世の中にはライトノベルも含めて「青春小説」が溢れているが、本作は青春を斜に構えて描きつつ、高校生の関係性を直球で書き切っている。
ぜひ読んでみてください!冒頭10ページ分が無料公開中です(2023年9月3日時点)。

もちろん初出の「文學界」6月号でも読めます。


参考サイト・終わりに

本記事を書くにあたって、表現や構成を参考にさせていただきました。ありがとうございます……!

芥川賞候補作でこの引き込まれ方ということは、受賞作や他の候補作はどんな感じなんだろう。というわけで、他の作品も読んでみようと思います。



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