涙を流す少女を陵辱し射精した後、殺した鬼畜「悪魔の声が聞こえた」|広島小1女児殺害事件ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ
2005年11月22日、広島市安芸区の路上で、帰宅途中に行方不明となっていた木下あいりちゃん(7)の遺体が発見された。遺体には性的暴行の跡があった。同30日逮捕されたホセ・マヌエル・トレス・ヤギ(当時30)は母国ペルーでも少女への暴行容疑で指名手配中だったが、偽名の就労ビザを使って日本に渡っていたという。2010年、無期懲役が確定。
週刊誌記者として殺人現場を東へ西へ。事件一筋40年のベテラン記者が掴んだもうひとつの事件の真相。報道の裏で見た、あの凶悪犯の素顔とは。
異常な女好き
「ガスコンロの空箱を覗くと足が見えたので最初人形かなと。バアッと箱を開けた瞬間、人間だと分かった。制服姿の女の子がくの字に折れ曲がり、右足は素足。手を取ると、温もりは残っていたものの脈はなかった」
遺体を最初に確認した会社員は、無念さを露わに語った。発見されたのは、広島市安芸区に住む小学1年生の木下あいりちゃん(7)だった。
2005年11月22日午後3時頃に発覚した女児殺害事件は、子供を持つ親を震撼させた。翌日わたしは現場に入り、古い町並みの入り組んだ路地を聞き込んだ。その1年前に奈良市で起きた、小学1年の女児をいたずらし殺害した小林薫の影が過ぎった。
11月30日午前2時、三重県鈴鹿市の親族宅に身を隠していたペルー国籍のホセ・マヌエル・トレス・ヤギ(33)が逮捕された。トレス・ヤギは名前、年齢を詐称し2004年4月に入国、自動車部品工場で働き事件当時は無職だった。夫が同僚だったというブラジル人女性の話。
「彼は異常な女好きなのです。男には挨拶もしないし口も利かない。相手が女だと態度がコロッと変わって凄く優しくなり、休み時間には缶ジュースを奢っていたそうです。ニュースを見た夫は『あいつならやりかねない』と言っていました」
職場の関係者はトレス・ヤギの金銭の執着を証言した。
「ヤツは嘘つきで金に汚い。自宅で怪我をしたのに労災だと言い張り、会社に金を要求したことがあった。仕事をしょっちゅう休むのでクビになったのですが、不当解雇と主張して結局、会社が示談金を払うことになりました。11月29日には『示談金を従兄弟の口座に振り込んでくれ』とヤツから電話があったのです」
トレス・ヤギの逮捕は母国ペルーでも大きく報道され、前歴が暴露された。1997年にペルー国内で少女に性的暴行を加え服役。出所後、別な少女に性的暴行未遂事件を起こしていた。そして、首都リマには妻と2児がおり、長女はあいりちゃんと同い年だった。広島市内のブラジル料理店従業員の話。
「いつも1人で来て、ビールを飲んでいた。子供の写真を見せられたことがある。寂しそうにしていたが、彼女はいたよ」
2006年5月15日、広島地裁で初公判が開かれた。トレス・ヤギは「殺すつもりはなかった。もてあそぶつもりもなかった」と殺意や猥褻目的を否認した。弁護側も「突然『悪魔の声』が聞こえ自己の意志で体をコントロールできない状態になった。女児の口や鼻付近に手を置いただけ。一連の行為も屋外でおこなわれた」と主張した。社会部記者が言う。
「検察側の冒頭陳述が明かした性的暴行は、記事に出来ないほど凄惨なものでした。しかし、父親が『再発防止のために、真実を伝えて欲しい。きちんと実名で報道して』と苦しい胸中を語った。以後報道は変わりました」
敢えて書こう。トレス・ヤギはあいりちゃんを指でいたずらした後、マスターベーションで射精していたのだ。鬼畜の所業である。一審で検察は死刑を求刑したが、判決は無期懲役。審理は広島高裁、最高裁に移った。司法担当記者が解説する。
「この裁判は裁判員裁判のモデルケースとして迅速化を図り、初公判からわずか51日で一審判決を言い渡した。高裁では審理が不十分と審理を差し戻した。また、ペルーでの犯歴を採用しなかった。公判でのヤギ被告は奇声を発し、靴下を丸めて遊ぶなど誠実さが見られなかった」
初公判から4年3ヶ月の2010年8月、広島高裁は検察、被告側双方の控訴を棄却、無期懲役が確定した。
2011年3月18日、あいりちゃんが通っていた小学校は、母親に卒業証書を手渡した。
亡くなったあいりちゃんの目には、涙を流した痕跡があったという。この涙を、われわれは忘れてはいけない。