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ネットが生んだ“悪魔”たち「じゃー、そろそろ、殺しますか」|闇サイト殺人事件・川岸健治、神田司、堀慶末

2007年8月24日深夜、帰宅途中の会社員・磯貝利恵さんが3人組の男に拉致され、現金を奪われた上、殺害された事件。男たちは川岸健治が投稿した携帯電話サイト上の募集に応じて集った犯罪グループだった。
週刊誌記者として殺人現場を東へ西へ。事件一筋40年のベテラン記者が掴んだもうひとつの事件の真相。報道の裏で見た、あの凶悪犯の素顔とは。

「裏の仕事をやりませんか」

 社会を震撼させたネット殺人が起きたのは2007年8月24日深夜だった。携帯サイト「闇の職業安定所」に集まった3人の男は、名古屋市千種区の路上で、帰宅途中の会社員・磯谷利恵さん(31)を襲い拉致した。約2時間後、川岸健治(40)が運転するワゴン車は愛知県愛西市のレストラン駐車場に停車。神田司(36)と堀慶末(32)はキャッシュカードの暗証番号を聞き出そうと包丁で利恵さんを脅し、財布から現金6万3千円を抜き取った。激しく抵抗した利恵さんは、車内で殺害された。愛知県警担当記者が話す。
「磯谷さんの頭をハンマーで何度も殴り、ロープで首を絞め、さらに顔を粘着テープで巻き付けた。死因は窒息死。本名を知らない者同士の犯行で、発覚が早かったのは、サイトで仲間を集めた川岸が、死刑を恐れて自首したからです」
 岐阜県瑞浪市の山中に遺棄された利恵さんの両手にはステンレス製の手錠が掛けられ、顔面にはビニール袋が被せられていた。人間の残虐さに、際限は無いのか。殺人者の生い立ちを追った。

 事件当時の川岸は車上生活者だったが、8年前には瀬戸市で分譲マンションを購入、家族で暮らしていた。
「運送会社に勤め月給も30万円あったものの、ローンや税金が払えなくなった川岸から家族は離れていった」(知人)
 瀬戸市内の別会社に勤めた川岸は04年5月、会社を通して購入したワゴン車の借金を踏み倒し、車ごと消えた。愛知県内を転々としていた川岸が「裏の仕事をやりませんか」と闇サイトに書き込んだのは、事件当日の一週間前だった。

 神田司は群馬県高崎市出身。市内の高校を卒業後、自動車部品メーカーや都内の新聞販売店を転々としていた。犯行当時は愛知県豊明市の朝日新聞販売所外交員で、仕事を休むことが多く月収は10万円程度だった。
「取り調べで『自分は暴力団員だった』と捜査員に語っている」(社会部記者)

 名古屋市出身の堀慶末は5人兄弟の末っ子。早くに両親が離婚、中学2年で不登校になり高校もすぐに中退した。堀の中学卒業文集は、未来の姿を予言していた。
「クラスの『悪魔のような人』ランキングで彼は一位に選ばれている。堀は、将来の夢を『ジゴロ』と書いていた」(知人)
 当時、無職の堀は同居女性から440万円の借金を抱えていた。連日、名古屋市内のダーツバー通い、“ジゴロ”の夢を叶えていた。

写真右から川岸健治、神田司、堀慶末

 事件から1年、世間の注目は被告3人の量刑に移っていった。初公判4日前の2008年9月21日、わたしは利恵さんの母・富美子さんを訪ねた。母は、娘の無念を晴らすため署名活動を行っていた。
「仙台の方から『1人だと死刑にならない』と手紙で知らされ愕然としました。3人でやったのだから刑も3分の1になるという話もあります。とんでもありません。利恵は3倍の恐怖を感じたはずです」
 初公判の検察側冒頭陳述で詳細が明かされた。3人が利恵さんに包丁を突きつけ、暗証番号を聞き出すために発した言葉。
「レイプされたら、女の人はくせになるらしいから、レイプされてみちゃう?」
「じゃー、そろそろ、殺しますか」
 利恵さんが口にした数字は〈2960〉。当然、現金は引き出せなかった。欲情した川岸は「やらしてよ」と利恵さんに迫った。激しい抵抗にあい、3人は殺意を抱いたという。この「軽さ」に呆れるしかない。
 神田に死刑(2015年執行)、川岸と堀に無期懲役が確定した。公判で〈2960〉の意味を、母親の富美子さんはこう答えた。
「語呂合わせで『憎むわ』という意味です」

 2012年8月、獄中の堀は1998年6月に起こした愛知県碧南市の夫婦殺害容疑で再逮捕された。さらに2013年1月、2006年7月に起こした名古屋市守山区での強盗傷害事件で再逮捕。2019年、死刑が確定している。

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小林俊之(こばやし・としゆき)
1953年、北海道生まれ。30歳を機に脱サラし、週刊誌記者となる。以降現在まで、殺人事件を中心に取材・執筆。帝銀事件・平沢貞通氏の再審請求活動に長年関わる。