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「てるくはのる」と名乗った男は迫る捜査員の目の前で屋上から飛び降りた|京都小学生殺害事件・岡村浩昌

週刊誌記者として殺人現場を東へ西へ。事件一筋40年のベテラン記者が掴んだもうひとつの事件の真相。報道の裏で見た、あの凶悪犯の素顔とは……。

逮捕直前の捜査ミス

 2012年、松が取れた1月9日午後6時40分過ぎ、愛知県警中警察署(名古屋市中区)の駐車場に止まっていたパトカーの中は真っ赤な血で染まった。後部座席の真ん中に座っていた台湾人留学生(30)が、隠し持っていた刃渡り11センチの果物ナイフで自分の首を刺したからだ。男は台湾女性2人を殺害した容疑で任意同行中だった。パトカーに4人の警察官が同乗していたにもかかわらず容疑者を死亡させた失態に、国民は唖然とした。
 同じような捜査ミスが2000年2月5日、京都府伏見区向島の団地で起きていた。6人の捜査員が容疑者を取り込みながらまんまと逃走を許し、近くの13階建ての公団住宅屋上から飛び降り自殺されたのである。遺体を目撃した主婦が怯えながら語った。
「下を覗き込んだら、吹き抜けの床に人形のようなものが横たわっていました。手や足がグニャグニャに曲がっていて、血溜まりの中の仰向けの顔はもうグチャグチャで……。手足の震えが止まりませんでした」
 自ら命を絶ったのは浪人生の岡村浩昌容疑者(享年21)だった。前年の1999年12月21日午後2時頃、京都市立日野小学校校庭に青いパーカーに目出し帽を被った若い男がナイフを持って乱入、ジャングルジムで遊んでいた小学2年生の中村俊希君(7)の首などを刺して死亡させ、自転車で逃走した。犯行現場には血に染まった文化包丁や「私を識別する記号→てるくはのる」などと謎めいた文面のコピー6枚がばらまかれていた。児童殺害と現場に犯行声明ーー97年5月、神戸で起きた『酒鬼薔薇聖斗』の悪夢を誰もが思い出したはずだ。

高校の卒業アルバムより。
逮捕状が出されたのは、岡村の自殺から5分後のことだった

「てるくはのる」こと岡村浩昌は小学3年の春、自殺したニュータウンに越している。91年に父親が病死(当時50)、母親が働いて家庭を支えていた。小中と文武両道の秀才は、高校進学で人生の転機を迎える。同級生の母親が語った。
「岡村君は府立校に入学したが本人は同じ学区内にある進学校へ行きたかったのです。お母さんの勧めで府立校にしたものの岡村君は授業が物足りなかったんですよ。それで1年生の時から不登校が始まるのです」
 当然、岡村は2年生で留年することになる。学業や母親への積年の不満が犯行の動機なのか。その手掛かりは逃走した際に捜査員に投げつけたリュックに入っていた手紙や自室から押収された大量のメモから紐解くしかなかった。また様々な憶測を呼んだ「てるくはのる」の文言は、岡村の本棚から押収された格言集の416頁の「か行」の索引から、その末尾の文字を並べただけと判明した。

現場に残された犯行声明文。「てるくはのる」が意味するものとは…

 岡村はなぜ幼い命を奪ったのか。現場に残された犯行声明文には「わたしは日野小学校を攻げきします。理由はうらみがあるからです」と記述されている。しかし岡村は卒業生ではない。最大の謎「てるくはのる」とは何を意味するのか。今となれば死人に口なし、真実を知る術はない。この事件の結末は、書類送検はされたものの被疑者死亡で不起訴処分とされた。

 わたしは事件発生から取材に入った。幼子を亡くした中村家の葬儀は深い悲しみに包まれ、遠巻きに見守るだけだった。遺留品の多さから犯人逮捕は早いと思われたが捜査は難航、わたしは東京へ戻った。事件から2ヶ月後、容疑者自殺の一報でわたしは再度京都に入り、岡村の母親に話を聞くため自宅に向かった。建物入り口には「ここでうんこをするな」とひらがなの張り紙。「てるくはのる」のひらがながと一瞬わたしの脳裏でダブった。

 事件から8年後、わたしは俊希君の家を訪ねた。「もう何も話すことはありません」とお母さんはやんわり取材を断ったが、祭壇のある部屋まで導いてくれた。俊希君の小学校卒業証書を見たとき、わたしは胸が押しつぶされた。俊希君の笑顔がまぶしかった。遺影を前に、お母さんは重い口を開いてくれた。
「捜査記録の提供をお願いしたのですが、開示されたのはこういう事件があったという事実だけ。彼(岡村)がどういう家庭で育ち、どういう教育を受けてきたのか、彼のすべてをわたしたちは知りたいのです。俊希はわたしの中では7歳のままです。生きていれば高校2年生なんですね」
 なぜ、息子が殺されなければならなかったのか。父母は今もその疑問を問い続けている。

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小林俊之(こばやし・としゆき)
1953年、北海道生まれ。30歳を機に脱サラし、週刊誌記者となる。以降現在まで、殺人事件を中心に取材・執筆。帝銀事件・平沢貞通氏の再審請求活動に長年関わる。