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【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】鹿児島県悪石島の〝ボゼ〟

奇声をあげ棒をふりまわす異形の神

 鹿児島県の鹿児島本港から「フェリーとしま」(※)に乗って南下すること約11時間。トカラ列島の悪石島に伝わる『ボゼ祭り』は、悪石島で暮らしている子どもたちにとって、最も恐ろしい祭事となっている。

トカラ列島に浮かぶ悪石島。小さな島にこの伝統は生きている
港で見つけたゆるキャラ。ボゼは悪石島のシンボルでもある


 ヤシ科の植物である「ビロウ」の葉を身に纏い、巨大な面を着けた仮面神のボゼは、聖地を後にすると、赤土が塗られた棒を振り回しながら人の輪の中に突っ込んで行く。そして、ターゲットにした人の前に立ちはだかると、身体をこすりつけながら「ブルッ、ブル。ブル~ッ!!」という身震いをする。 

以前はトカラ列島の各島に現れたというボゼだが、現在は悪石島でのみ見る事ができる

 小さい子どもたちからしてみれば、ボゼは〝恐怖〟そのものだ。「ウガァ~~!!」、「ガゥゥ~~!!」などといった奇声をあげながら迫りかかってくる。もう脳ミソはバースト状態。泣き叫ぶ子どももいる。気がつけば、子どもたちの衣服や顔には、真っ赤な赤土がこびりついている。ボゼが振り回している『ボゼマラ』という長い棒や「ビロウ」の葉には、たっぷりと赤土が塗られているのだ。 集落の中央にある公民館でボゼを待っていたのは、島の人たちや観光客だ。庭中を荒らし回ったボゼは、公民館の中にも突っ込んで行く。もうどこに隠れていても意味がない。ちなみにこの赤土は、身体につくと悪魔払いのご利益があるとされている。大人の女性であれば、子宝に恵まれるという。汚いものではない。

他地域とは一味違う島民による盆踊り。厳粛な雰囲気が漂う

 ボゼは、聖地とされる〝テラ〟と呼ばれる場所で「生まれる」。ギョロッとした大きな目に長い耳を携えた仮面を被っており、その容姿は、南方系の出で立ちをしている。仮面などは、段ボールで作られているようだ。「生まれた」ばかりのボゼは、体中に水をかけてもらっている。

聖地「テラ」にある墓。こじんまりとしているが歴史が感じられる

 公民館からちょっと離れたところに位置している〝テラ〟には、小さな神殿や墓、広場があり、そこにある墓には、様々な供物や花が捧げられていた。午後3時から厳かな雰囲気の中で島の人たちによる「盆踊り」が行われ、それが終わるとボゼの登場となった。

南国特有の照葉樹林の森の中からボゼは現れた。あまりにも不気味な姿だ
ひとしきり子供たちを追いかけ回し、ボゼはこつ然と姿を消す。こうして悪石島の夏は終わる
太鼓を合図にボゼは広場で踊り始めると祭りのピークだ

 『ボゼ祭り』は、毎年、旧暦の7月16日に悪石島で行われている。トカラ列島の中でも、この島だけに伝わるものだ。ボゼは来訪神とされており、盆の終わりになると現れる。人々を死霊臭の漂う盆から新たな生の世界へ蘇らせる役目を担っているとされており、盆の時期には、先祖の霊と一緒に悪霊がやって来ることから、このような悪霊を追い払う役目を担っているという説もある。

 滞りなく祭事が終わり、暗くなってから公民館に戻ると、島の人たちが酒や料理に舌鼓を打っていた。その宴の中には、大勢の観光客も混ざっていた。

※十島航路の運航は、2018年4月より「フェリーとしま2」に引き継がれている


著者◎酒井透(サカイトオル)
 東京都生まれ。写真家・近未来探険家。
 小学校高学年の頃より趣味として始めた鉄道写真をきっかけとして、カメラと写真の世界にのめり込む。大学卒業後は、ザイール(現:コンゴ民主共和国)やパリなどに滞在し、ザイールのポピュラー音楽やサプール(Sapeur)を精力的に取材。帰国後は、写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)の専属カメラマンとして5年間活動。1989年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定第117号事件)の犯人である宮崎勤をスクープ写する。
 90年代からは、アフロビートの創始者でありアクティビストでもあったナイジェリアのミュージシャン フェラ・クティ(故人)やエッジの効いた人物、ラブドール、廃墟、奇祭、国内外のB級(珍)スポットなど、他の写真家が取り上げないものをテーマとして追い続けている。現在、プログラミング言語のPythonなどを学習中。今後、AI方面にシフトしていくものと考えられる。
 著書に「中国B級スポットおもしろ大全」(新潮社)「未来世紀軍艦島」(ミリオン出版)、「軍艦島に行く―日本最後の絶景」(笠倉出版社 )などがある。