処方箋の拘束力と顧客の選択の自由

先日いらしたお客様は処方箋をご持参頂きました。

僕「かしこまりました。では処方箋通り作製すれば良いですね?」

っと確認すると

顧客「一応、処方箋が合っているかチェックして貰うことは可能ですか?」


と尋ねられました。


僕「僕らが処方箋を否定する権限はなく、原則処方箋を見せられた場合には

それ通りに忠実に再現する必要があります。ですが、僕が視力測定すれば、

十中八九、処方箋とは度数が変わります。ですが、その検査結果をもって

僕は処方箋が間違っているとは言いません。お客様が決める必要があります。

その点ご理解いただけますか?」とお聞きしたのです。


顧客「はい、それで結構です。」


と答えられたので僕は検査をしました。

僕は以前に顧客にお勧めの眼科はありますか?

と聞かれたので、


新浦安のかわばた眼科

田町の梶田眼科

御茶ノ水の井上眼科をお勧めしたら


顧客「そんな遠いところまで行けないよ。吉祥寺近辺でないの?」


っと仰います。


僕「申し訳ございません。僕はお勧めできる眼科を知りません。」


っと答えるとその顧客は僕の言った言葉をそのまま

眼科で眼科医に伝えたそうです。するとその眼科医は激高し、

眼科学会で僕を名指しで


眼科医「吉祥寺にこんなけしからん眼鏡屋がある。潰せ!」


潰せと言ったかどうかは不明ですが、何しろ処方箋を回すな、

あの眼鏡屋はダメだからと眼科学会内で意思統一したそうです。


僕のお勧めの眼科を決める権利すらないと言うようで

少しだけ笑えて、少しだけ恐ろしくなりました。

こうして既得権の権力者は、その力をふるうのです。


そこには既得権を犯す輩は潰せという簡単な原理があります。

ですが医療に従事するのは国民のQOLを支える為に従事するべきで、

自らの生活云々はまるで別の次元の話だと僕は思っていますし、

だからこそお医者様は聖職だと言われているのです。


でもお医者様にだって生活があるし、生きる為にはお金も必要です。

そこは僕も理解します。でも言論の自由を奪うかのような、

眼鏡店いじめを決して許してはいけないと僕は思うのです。


先日イーロンマスクさんが、Twitter社買収を成功させましたが、

Twitterの役割としてこう言っていたそうです。


「自分の嫌いな人が、自分が聞きたくないことを言える環境だったら、

そこには言論の自由があるんじゃないでしょうか。

好きでもない人が気に食わないことを言っていたら、

すごく腹が立つじゃないですか。それが言論の自由が健全に機能している証です。」


多くの方々がロジックではなく好き嫌いで、そして公益の為ではなく、

自らの生活の糧の為に、言葉を選び、既得権を脅かす人々を脅かして、

そして言論を封殺しようと考えます。


僕は、こういった小さな議論にはくみしません。

僕のグランドデザインは、国民は、

更に言えば国境を越えて地球人の豊かな暮らしです。


正直、眼科医の暮らしは尊重しますが、

そこがメインの改革を目指していません。


結局今回の処方箋と僕の視力測定を比較し、

お客様は僕の視力測定の結果で眼鏡を仕立てたいと

言ってくださいました。ではこういったケースで僕らは

なんと答えれば良いのでしょうか?


①お客様のお申し出はありがたいのですが、

勝手に度数交換出来ないので、眼科医に相談に行ってください。

②かしこまりました。ではお客様のご意思を尊重して、

今回は私の視力測定結果で作製させて頂きます。

この①か②の対応をしたら、

お客様はそれぞれどんな反応を示すと思われますか?


僕も開業当初は①の対応をしたことがあります。

するとお客様は、それなら処方箋通りで良いよと

諦めて頂くことが多数で、念のために、お医者様に確認に

行かれる方は皆無でした。


そもそも創業から年月を重ねていくごとに

お客様の期待の高まりをお店で日々感じています。

うちのお店が多少の評判になったという事でしょう。


それなのに、僕は責任が取れないから、

①の対応をしてしまうことに、こちらとしても

申し訳なく思う事がありました。


現在僕は、原則処方箋はお持ちくださらないで下さいと促しています。

処方箋を見たら忠実に再現する義務がこちらにあるからです。

ですが患者様が意図せずとも処方箋を出されてしまったケースもあります。


ですからケースバイケースですが、

原則お客様のご意思を尊重するようにお店では心がけています。


処方箋の拘束力∠顧客の選択の自由


という原則があるからです。

処方箋に限らず、癌になったら

必ず放射線治療とか抗がん剤を使わなくてはいけないのでしょうか?

決してそんな事はありません。食事療法を選ぶ自由もあるでしょう。


ですから、国民が誰に眼鏡を仕立てて貰うかについては

議論の余地なく、「選択の自由」があるのです。


ただし、一つだけ注釈が必要で、

正しい選択をする為には正しい知識がある事が前提条件です。


そもそも良い眼鏡とは?

より機能性が高い眼鏡とは?

ここに国民共通のコンセンサスが無い中で

選択の自由ばかりが先走りしていると

結局それは国民の福祉を侵害します。

そしてその典型が今の日本の眼鏡業界です。


一例を挙げれば、


どこで仕立てても眼鏡の機能性なんて一緒でしょ?


とか、


眼鏡は安価でも充分な機能性がある眼鏡が作れるようになった。


この二つは明らかに僕に言わせれば事実誤認です。

間違った知識に任せて競争の自由や市場原理に任せてみても、

結局正しく健全な業界にはならないのです。


だからこそ、僕らは啓発、いや啓蒙と言っても良いかもしれませんが、

国民を正しく導く必要があります。


先ずは正しく知識を得る事が何より大切なのです。


では処方箋はどうなのでしょう?


僕に言わせれば眼科医の多くは目のスペシャリストであり、

眼鏡に関してはずぶの素人である方が大多数です。

(こういう事を書くとまたお𠮟りを受けます。)


また眼鏡は視力測定と加工とフィッティングまで

トータルで見る事により、より上質な眼鏡が仕立てられます。


また眼鏡屋は疾病の発見治療、診断まで一切できません。


以上を考慮すれば、

視力低下や目の疲労等なにかしら自覚した場合には、

眼鏡作製前に眼科にかかり、目に病気はないかチェックして頂く、

その上で度数決定は僕ら一定以上の技量のある眼鏡店の眼鏡士が

眼鏡を仕立てるべきでしょう。

眼科と眼鏡店の軋轢

もう10年も前の事だから時効だと思いますし、

墓場まで持っていくような話でもないと思います。


今日のお話は手を携えて国民のビジョンケアをするべき

眼科と眼鏡店の間に日々生み出される摩擦、いや軋轢ともいうべき、

制度上の歪み、そんなお話をしたいと思います。


それは僕が創業してしばらく経ったある日の出来事でした。

僕が近くの西友まで事務用品を買いに行っている間の出来事で

店番はうちの奥様がしていました。勿論今のように清水君の

しの字もありません。夫婦二人で経営するパパママストアーでした。


その僕の不在時に多摩地域の眼科から電話が掛かってきました。

応対したのは妻です。以下は妻の話を極力忠実に再現しますが、

一部の言い回し等は僕の記憶が頼りなので、

多少間違っている事もあるとご理解くださいね。


妻「はい、お電話ありがとうございます。グラシアスです。」


眼科の男性「こちらは多摩地域の〇〇眼科ですが、〇〇〇〇さんの

処方箋に関してお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」


妻「申し訳ございません。今視力測定担当者が不在なもので

戻り次第折り返しのお電話差し上げますが、よろしいですか?」


眼科の男性「どうしてすぐに答えが出ないんですか!?

カルテがすぐに出ないなんて

問題でしょう。なんとかしてください。」


と突然激しい勢いで怒鳴り始めたそうです。


妻がしどろもどろで対応しているときに僕がお店に戻りました。

妻から、えらい勢いで怒っている眼科から電話が掛かってきていると

伝言を受けて僕は、冷静になろうと極力努めて電話を替わりました。


僕「〇〇〇〇さんの件ですね?どうされましたか?」


眼科の男性「どうされましたかじゃありませんよ。今そちらで作った

眼鏡をこちらで見ていますが、当クリニックで出した処方箋とまるで

度数が違いますよ。何故勝手に変えたのですか?」


僕「はい、〇〇様がそれを希望したからですが、何か問題ありますか?」


眼科の男性「勿論勝手に度数を変えてはまずいでしょう。そんな事も知らないのですか?」


と先方はかなりエキサイトしています。

当初は冷静だった僕も社会人として

目に余る対応に腹が立ってきました。


僕「僕は処方箋が間違っているとかは一切申し上げておりません。

弊店で視力測定をしてほしいからと言われて検査をした結果

私の視力測定を〇〇様が気に入って頂けて、そちらを採用されたまでです。

それに問題がありますか?問題があるとしたら法的な根拠を明示して下さい。

薬事(現在は薬機法)ですか?遠慮なくご指導ください。」


と揚げ足を取られないように冷静に僕は喧嘩をふっかけました。

一瞬向こうはまさか眼鏡店勤務者からそんなことを言われると

思っていなかったようで、面食らって押し黙るのがこちらにも伝わってきました。


そこで先方は、


眼科の男性「ち、ちょっと待ってください。ドクターに変わります。」


と言って、受話器から顔を話していましたが、

ドクターらしき女医とその眼科の男性の会話は筒抜けでした。


眼科の男性「なんか生意気な眼鏡店なんですが、

先生代わってもらっても良ろしいでしょうか?」


ドクター「そう、分かりました。」


ドクター「私は〇〇クリニックの〇〇ですが、

どうして勝手に処方箋の度数を変えたんですか?」


僕「はい、先ほども申し上げましたが先方が希望されたからです。

先生の出された処方箋を僕ら眼鏡店勤務者が否定する権限は一切ないのは

理解しているつもりです。ですが、処方箋を疑わしいと感じているクランケも

相当数いる事を僕は日々お店で感じています。そして二重にチェックして

万全を期して欲しいというご要望を頂くことはどうしてもございます。

その結果、私の度数を採用して欲しい。と顧客に懇願されたまでです。」


この時点で僕は相当に頭にきていますが、何しろ大人の喧嘩を

しようと思っていたので言葉使いだけは気をつけましたし、

最初から一切のリスペクトなく怒鳴り込んで来た時点で

向こうの負けは決まっていました。礼を欠いたのです。


ただしそのやり方で今までは通用してきたのでしょう。

眼鏡店勤務者が恐縮して失礼しましたを繰り返してきたので、

こういうモンスタークレーマーみたいな眼科医と眼科の男性が

生まれてしまったのです。ここは引いちゃいけないって

僕は誰に望まれた訳でもないのに勝手に業界を背負って立っていました。


更に僕は続けました。これは昨日のブログでも書いたロジックで、

僕は眼科と言い争いになるときは、この論法を貫いていますが、

それに対してまともな反論を受けたことがありません。

例の癌になった時の治療法云々というお話です。


僕「今回は顧客が私を選びました。先生は処方箋に拘束力があると

思っていらっしゃるようですが、確かに僕らを縛る力はあるでしょう。

ですが、それは患者や顧客にまでは及びません。患者や顧客には

治療法の選択の自由があると憲法でも保証されているからです。

先生が若しも僕の言っている事に異を唱えるのであれば、

その憲法にも勝る法的根拠をお示し下さい。」


ここで参ったと思ったのか、ドクターから当初の眼科の男性に変わりました。

ここでもう喧嘩は終わっていますが、眼科の男性はまだ食い下がってきます。


眼科の男性「あなたの保証書に書いてあるPDと今作られた眼鏡を見たら

1mmずれていますよ。これじゃダメだから作り直しをしなさい。」


っと諦めずにまだ命令口調です。


僕「あなたは眼科医ですか?」


眼科の男性「いいえ」


僕「ORT(視能訓練士:国家資格)ですか?」


眼科の男性「いいえ」


僕「それならあなたは眼鏡店勤務者が応援で

クリニックに来ている人ですね。って事は眼鏡屋ですよね?

眼鏡屋ならミリで考えずにディオプターで考えなさい。

今回の度数で1mmずれた時のディオプターあたりの誤差を

計算してみてください。その計算くらいできますね?

若しも今回の1mmのずれを問題だというのならS-10.00の

時の0.1mmのずれも許さないという事です。0.1mmのずれを許さない

とどんな時も言っているのですか?そしてあなたは0.1mmの誤差なく

加工できるのですか?」


眼科の男性「………。」


もう勝負ありと思った僕は

諭してあげようと思い始めています。

あまりにも哀れだと思ったからです。


僕「あなたは眼科医でも無ければORTでもなく

ただの眼鏡屋です。その眼鏡屋が何の根拠で僕に対して上から

マウントとって𠮟ってるんですか?虎の威をかるなんとやらですか?

でも僕に言わせれば(ドクターは虎ですらなく)

眼鏡に関してドクターが無知だからあなたの出番が

あるのでしょう。そのあなたがPDの1mmのずれ云々で問題視するなんて

レベルが低いにも程がある。猛省なさい。」


と言って今回の喧嘩は終わりました。

昨日のブログに引き続きの連作になりましたが、

僕ら眼鏡店勤務者が日々どんな思いで

顧客の健康を守ろうと戦っているか、

その一端が垣間見れたと思います。


今回の件もドクターも眼科の男性も

勿論悪意なんてありません。

ですが、悪意はなくとも守るべく立場があります。


その立場を維持しようと僕らの行為を安直に否定します。

否定するのは結構ですし、そこに競争原理が働けばもっと良いでしょう。

ですが、既得権のお医者様が眼鏡に関して多くのケースで無知であるにも

関わらず、それが眼鏡業界のヒエラルキーの頂点に位置している事を

僕は制度的な設計ミスだと言っています。


ピラミッド状の構造ではなく、


眼科医と眼鏡士が並列になり、

手を携え国民の暮らしを担保すべきです。


お医者様は疾病の発見、診断、治療を行い。

眼鏡士は屈折矯正全般を行えばよいのです。


こうして棲み分ければ軋轢が生じようにも

生まれようがありません。僕は眼科医の限界を知っているし、

ご努力された結果はドクターになれたその努力にも

敬意を表します。ですが残念ながらドクターは

医大のカリキュラムでも眼鏡を専門的に学ぶ機会なんて

皆無とは言いませんが僕らの基準からすれば皆無に等しいと

言ってよいのです。ですからそんなドクターが

屈折矯正に対して口を出しても正しく業界を導ける筈もありません。


だからこそ僕は本ブログで何度もお伝えしていますが、

制度改革をしなくてはいけないと言っています。

そして日本全国で繰り返される

眼科医と眼鏡士の軋轢をただちに霧消し、

手を携えられるように改革する必要があります。


僕らは棲み分けるのです。


それが今日一番言いたかったメッセージです。

〇〇眼科からは当然ですが、一切処方箋は回ってきません。

それでも僕のお店は問題ありません。


そんな僕だからこそ言える事があります。

そして眼科医に対して一切引かずに言い続けてきた

僕のお店には処方箋がほとんど来なくなっただけでなく、

処方箋と違う度数を顧客が選ばれた場合にも

僕の名刺をお渡しして


「不明な点があったらこの眼鏡士に問い合わせてください。」


と顧客に促しても一切何も言われなくなりました。

眼科医もあの頑固おやじのお店ねと諦めたのでしょう。


繰り返しになりますが、僕は処方箋を否定なんて一切しませんし、

他の眼鏡屋さんの見解も一切否定なんてしませんし、

否定する根拠もありません。むしろ断定的に物を言う

自称専門家の言葉の方が危ういとさえ思っています。


僕らの学んでいる分野は日々進化し、

僕らの見解も常に変化しています。

また解釈の余地も多いにあるでしょう。


だからこそ僕は決めつける言葉は絶対に使わないようにしています。

僕は自分の知らない世界がある事を「知っている」のです。


この眼鏡を取り巻く法制度が現状に即しておらず、

本当に国民の多くにご迷惑をおかけしていることに

恐縮します。いつか改革をしたいとは思っているので

乞うご期待とだけ言わせて下さい。


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