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【じんたろホカホカ壁新聞】「汚染水」という言い方は、風評被害にとってあまりにも無神経ではないのか?

福島第一原子力発電所から「処理水」を海洋放出する問題が8月下旬からにわかに話題になった。
トリチウムなんてどんな元素かも知らなかった。
しかし、テレビを見ると処理水を収めた巨大なタンクが映っている。


それも一つや二つではない。
なんとその数はすでに1000基を超えている。

2011年3月11日に事故が起きてから10年以上が経っている。
事故を起こした原子炉の内部には、溶けて固まった熱い燃料(燃料デブリまたはデブリと呼ぶ)がある。その燃料のなかにはストロンチウムやトリチウムなどの放射性物質が含まれる。デブリを冷やすために外から水をかけているが、その冷却したあとの水には放射性物質が混ざっている。
これが放射性物質を含む「汚染水」と呼ばれている。
原子炉は地下水とも繋がっており、雨水も流れ込む。地中に遮水壁と呼ばれる凍土壁を作って食い止めたりしているが、すべての水を遮ることはできない。それで汚染水は増え続けている。
この汚染水から各種の放射性物質を除去するのが、多核種除去施設(ALPS=Advanced Liquid Processing System)である。アルプス=ALPSとよく呼ばれている施設だ。


放射性物質は天然、人工を合わせて全部で1000核種ほどあるとされる。東電はそこから、原子炉停止30日後の炉心に存在するだろう核種を評価。水に溶けない核種などを除外し、セシウムやストロンチウムなど62核種をALPSで汚染水から除去する核種を絞り込んだ。


そこで除去が困難なのがトリチウムだった。
トリチウム以外は水と分離できるが、トリチウムは三重水素と呼ばれ、水として存在している。巨大な遠心分離機でもないと分離できない特性がある。
そこでトリチウムを放出するには国際基準以下まで稀釈(海水で薄める)することになった。
トリチウムがヘリウムに変わろうとするときに放射線(ベータ線)を放出することが問題になっているが、トリチウム自身は宇宙から地球に降り注いでいるもので自然界にも存在する。日本に降る雨に含まれるトリチウム量は年間220兆ベクレルある。雨水や地表水のトリチウム濃度は1リットルあたり約0.4ベクレル、海水はその4分の1である。水を飲んでいるわれわれの体内にもトリチウムは存在している。

また、原子力発電は排出する水が必要だが、その放出するトリチウムの基準は原子力規制委員会でも1リットルあたり6万ベクレルと定められている。福島第一原発の放出では、それよりはるかに低い1500ベクレルとしている。
7月にIAEAはモニターの結果、国際基準にも合致すると包括報告書で述べている。
すでに世界の原発でもトリチウムは放出している。

経済産業省がまとめたデータによると、韓国の主要原発である月城原発は2016年に液体約17兆ベクレル、気体約119兆ベクレルの計約136兆ベクレルを放出。同様にフランスのラ・アーグ再処理施設は15年に計約1京3778兆ベクレルを海洋と大気にそれぞれ出している。
ほかにも、英国のセラフィールド再処理施設は15年に約1624兆ベクレル、カナダのダーリントン原発は同年に約495兆ベクレルをそれぞれ放出した。


では、なぜ福島第一だけが注目されるのか?

それはあの事故を起こしたからだろう。
メルトダウンし、水素爆発の光景もテレビで中継された。


その印象から免れられない。
今年5月に基準値以上の被曝した魚が原発の排水施設に紛れ込んだ施設の堤の内側で見つかり、東電は報告したが、あれもモニター調査がどこよりも厳格に行われているからだと思われる。

科学的データだけによれば、福島第一原発の「処理水」は海洋放出しても何の問題もない。
しかし、その科学に「社会心理学」も含めて考えると難しい問題になる。

『みんなで考えるトリチウム水問題』という本がある。

この本では「リスク・コミュニケーション」の問題としての論考が半分くらいを占めている。
政府や東電の説明の問題もあるが、マスコミの報道の仕方の問題も指摘している。
「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」などの全国紙や地元紙以外は、「海洋放出」が問題だという論調で記事や論説を書く。
しかし、「福島民友新聞」や「福島民報」はあくまで科学データを中心に地元として選択すべき道を考えられるように記事を書く。
もうひとつは当事者意識だろう。

大阪市長(当時)の松井市長は処理水が基準値以下なら大阪湾で流そうと言って話題になったことがある。これを細野豪志衆院議員が「義侠心」として評価した。細野氏は民主党時代に復興大臣としてリスクコ・ミュニケーションで苦労した経験があるので、現実性はないが、心情に感謝すると言いたかったらしい。

1000基以上ある巨大なタンクには今も処理水が増え続けている。
一説には、もっと大きな原油タンクみたいな施設を作ればいいというひともいるらしい。膨大なお金がかかるが、コストの問題も無視できないレベルに来ている。


遠心分離機でトリチウムを分離するなら、これまでにない巨大なものをつくる必要がある。


マスコミの報道と野党の主張には問題がある。

しかし、なかにはまじめなジャーナリストもいる。

『「廃炉」という幻想』という本がある。

この本の著者は新聞社でオウム真理教の取材をした後、テレビ局に移り、福島第一原発(フクイチ)事故以来10年以上この問題を取材している。
政府・東電の側に立つのでもなく、政府・東電の主張はすべてウソという側でもなく、あくまで事実と科学データで地元のためにこの問題を解決しようとする姿勢で取材している。

この著者は、政府が30~40年でフクイチを廃炉にできると言っていることには懐疑的だ。
メルトダウンした炉心の燃料棒(燃料デブリ、デブリ)を取り出すメドも立っておらず、期待したロボットも2021年段階ではことどこく失敗した。
先行きは見えないが、燃料デブリを取り出すのはあきらめて、フクイチはその場所のままで永久保存したほうがいいともこの著者は今のところ思っている。

しかし、この本のなかで書かれている「処理水」問題は考えさせられる。
今回海洋放出するにあたって、政府・東電の言っていることは2年前からわかっていたということだ。

メルトダウンした炉心のなかで固まっている燃料デブリに地下水や雨水が触れて、1000種以上ある放射性物質(核種)に触れて「汚染水」となる。
それをALPS処理という核種を取り除く処理を施し、ALPS処理水とする。
しかし、三重水素と呼ばれるトリチウムだけは水から分離できず、トリチウム水として残る。
それがいまや1000基以上のタンクとなって137万トン(2021年12月現在)に溜まっている。
水蒸気放出、海洋放出が検討されたが、安全性とモニタリングの確実性から海洋放出が選択された。
その際にはトリチウム水のトリチウムを基準値以下にするために海水で薄めて(稀釈して)放出する。放出前には基準値を下回っていることをモニターする。

「トリチウム水タスクフォース」は二年半かけて議論し、「地層注入」「地下埋没」「水素放出」「水蒸気放出」「海洋放出」という選択肢を2016年に示した。100万トンを超える処理水を「地層注入」「地下埋没」などという案はこどもでも無理だとわかる。それをひきついだALPS小委委員会がやっと海洋放出する案を2020年に結論づけ,翌年政府が方針を決めるが、それまで7年半もかかっている。最初から科学的に選択肢はひとつしかなかったのだと著者は言う。

IAEAは今年の7月に日本に来て、その処理方法と放出する水が国際基準に適合していることを確認した。
それで9月から政府・東電は海洋放出している。

しかし、トンデモ理論がまかり通っているのが、この処理水問題なのだだろう。

その典型が、これまでに証明されていないものは避けるべきというもの。
トリチウムの実験はマウスでは行われているが、人間では行われていない。だから影響がないことは証明されていない。止めるべきというもの。
そうなると、今の韓国やフランスのトリチウムの放出の説明ができなくなるのだが、そんなことには関心がないのだろう。

また、広島原爆の被害から、放射能全てを否定する人なんかもいて、ややこしい。
その人はこれまでレントゲンやCTを受けたことがないのかどうかは知らないが。

日本は相変わらず、こんなことが続いている。
マスコミと野党がとにかく政府を批判するネタをメディアや国会で話題にする。

政府批判をすると支持率は下がるので、なんのためらいもなく野党は大袈裟に主張する。

そのときにトンデモ理論で展開する。
それがニュースになり、科学的データなどは隅っこに追いやられる。

新聞の購読部数が劇的に減っているが、そういうトンデモ理論の記事を好きな人もいるので、マスコミもそういう記事を書くのだろう。

「東京新聞」と「福島民友新聞」「福島民報」をときどき比較するとその記事の視点の違いに驚く。

「東京新聞」はそのほうが売れるのだろうか?

トンデモ理論のひとつが日本共産党の主張だ。

櫻井よしこ氏のXに「汚染魚を食べ続けてください」と書き込んだ日本共産党の衆議院議員候補がいた。

小池書記長がその議員の候補を取り消したと記者会見した。

そのときに「汚染魚」「汚染水」という言葉のことをこう述べた。

--(「汚染魚」は)党の見解と違うというのはどこか
小池氏「汚染魚という、要するに日本近海にいる魚は、もう汚染されているっていうようなね、われわれはそんなことを一言も言ったことがありませんから、これは党の認識とも見解とも全く反するということです」

--(共産が用いる)「汚染水」という言葉を使うのをやめたらどうか
小池氏「汚染水、あるいはアルプス処理水という言い方を私たちはしています。汚染水という言葉を使ってはいけないかのような議論にわれわれはくみするものではありません。汚染水って言い方自体もきちんと科学的だと思いますよ。だって単なるトリチウムだけが入っている、通常の運転に伴う原発のトリチウム水とは違うわけですから。原発事故に伴うさまざまな核種が含まれている。そういう水を放出したってことは歴史上ないわけですから、それについてやはり汚染水という呼び方をするということ自体は科学的な根拠があるというふうに思っていますし、何か言い方を変えれば危険性が除去されるようなことは、ちょっとそれは違うんじゃないかな。ちなみに海外マスコミの報道などを見ても必ずしも処理水って言い方で統一されているわけじゃなくて、いろんな言い方をしているということは聞いております」

通常はデブリに触れて基準値を上回る放射性物質(核種)がある水を「汚染水」と呼んでいる。

さまざまな核種を取り除くALPS処理をした水は「ALPS処理水」と呼んでいる。

その上で取り除けない三重水素(トリチウム)を稀釈して基準値以下にした水をたんに「処理水」と呼んでいる。

これは資源エネルギー庁の定義なのだが、新聞やテレビ局も同じ表現を使っている。

共産党は「汚染水」は、ALPS処理されても同じ「汚染水」だと言う。

では、どうして日本共産党がそういう表現を使い続けるのか?

それがよくわからない。

これは原子力市民委員会という団体が「処理汚染水」という表現を使っているからという人もいる。

この団体はモルタルで固化してより巨大なタンクをつくる敷地を確保せよ!と主張している。

日本共産党も同じようなことを言っている。

こういうトンデモ理論を「科学的」社会主義を標榜する政党が真剣に述べていていいのか!

少しは漁業従事者の心理を考えたらどうなのだろうか?

いや、それなら海洋放出を止めよ!と共産党は言うのだろう。

それを主張したいなら永遠に主張すればいい。

でも、無神経な「汚染水」という言葉の使い方は改めるべきだろう。


※ところで「処理水」問題にあまり詳しくないひとのためによいサイトができました。
ぜひ一度お読みください。


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