東京はもうないよ

アメリカの空港で僕は東京行きの便に乗ろうと足を進めていた。
なんてことはない。ただ旅行に出かけて帰るだけだ。
帰ったらまず誰にお土産を渡そうか、そんなことを考えながら歩いていると1人の老人に話しかけられた。

「お若いの、どこに行かれるのかな?」

まだ予定の時刻まではたっぷりある。僕は足を止めて老人の質問に答えた。
「いえ、行くんじゃないんです。帰るんです。東京へ。」

「ほぅ、東京とな。はて帰ると言っても東京はもうないが……。」

「東京がない?そりゃまたどういうことです?」

「なんだ君、知らないのかい?某国のミサイルが東京を吹き飛ばしたのさ。君の親族が住んでおられたならお悔やみ申し上げるよ。」

正直腹がたった。なんだこの老人は。少々礼に欠けるじゃないか。
東京がない?何を言うかと思えばミサイルだと。
やれやれ、この老人、少しおかしいんじゃないか?
そう思いつつ僕は老人に問うた。

「なるほど、それが本当だとしてなぜネットニュースに載らないんです?そんな重大な事が起こったら、普通はネットニュースじゃなくたって大々的に報道されるでしょう?」

老人は微笑んで言った。
「君は目の前の老人よりも形の見えないメディアを信用すると言うのかい?」

「ええ、少なくとも今日初めて会ったあなたはよりかは信用出来ると僕は思いますが。」

「おや、ホントかな?私はこの目で東京が消滅するのを見たがね。」

「あなたのような人が?失礼ながら申し上げると僕にはあなたがそのようなものを目撃出来るような人だとは思えませんが。」

「いいや、私はこの目でしっかりと見たさ。」

「それをあなたは証明出来ますか?ご老体。」

「いいや、あいにくカメラは壊れていたさ。」

僕は自分が呪わしく思えてきた。
こんな老人の世迷い言に付き合うくらいならサッサと手続きを済ませてコーヒーでも飲めばどれだけ良いことか!
まぁいい、早く終わらせよう。

「つまりあなたは東京がもうないことを証明出来ない。そういうことですね?」

「そういうことになるな。ま、無いものはないのだがな。」

「僕が東京があることを証明出来ればいい加減認めて貰えますか?あなたがとんだペテン師であることを。」

僕はそう言って東京のスクランブル交差点のライブ映像を検索する。

『ほら、やっぱりでてくるじゃないか。』

「ほら、今の東京の映像です。見えますか?人が歩いている。車も自転車だって走っている。これでお分かりになりましたか?」

「ふむ、なんと奇怪な。無いものを映せるとはまこと珍しきこともあるものだ。」
そう言った老人はまるで悪びれる様子もない。

「もういいですか?私は行かせてもらいますよ。」

「ああ、言って君の目で確かめてみるといいさ。」

まだ言うかこの爺さん……。
「ええ、そうさせて頂きますよ。それでは。」

なるたる厄日だ。
ああ、急げばまだコーヒーの1杯くらい飲めるかもしれない。

キャリーケースのタイヤが悲鳴をあげる。


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