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洞窟

男がいた。
男は財宝を見つけ出すことを生きがいにしていた。
男にとって財宝が手に入るなら他の物は何一ついらない、必要のないものだった。
男は職に就くのを嫌った。そんなことはバカのすることだと嘲笑った。
財宝を探す冒険に出るために両親を見捨て家を売って金にした。街の人には暴言を吐き暴力を振るい、親しかった友人すら裏切った。時には人殺しもした。
財宝を独り占めにするために冒険を共にした仲間も殺した。
男にとっては、それらはどれもいらない、必要の無いものだったからだ。

そして今、男は洞窟の前に立っている。
国を追われた王族がいつの日か復権のためにと財宝を隠したと伝えられている洞窟だ。
男は逸る気持ちを抑え、今にも崩れ落ちそうな洞窟をゆっくりと慎重に降りていく。

手に持った松明の光が黒く濡れた洞窟に揺らめく。
しばらく下っていくと正面に石で出来た扉が見えた。
男の胸はいよいよ高鳴る。
男は石の扉に手をかけるが扉はびくともしない。
仕方なく男は扉をピッケルで壊すことにした。
財宝が目の前にあるのだからピッケルを振るう腕にも自然と力が入る。
扉には程なくして男がどうにか潜り込めるだけの穴が出来た。
腹ばいになり穴に潜り込む。
奥には部屋があった。

そこには辺り一面、壁が殆ど見えないほどに積まれたきらびやかな宝石、様々な形に加工された黄金、数えきれないほどの金貨だった。
男は財宝の山に駆け寄り、歓喜の雄叫びをあげた。

その瞬間、石の扉に亀裂が走り扉が崩れた。
同時に腹の奥が震えるような地響きをたて洞窟が崩れ落ちた。
男は急いでもと来た道に引き返そうと走ったが、石の扉があった場所は崩れ落ちた岩石で塞がれてしまっているばかりか、どうやら男のいる財宝の部屋以外は完全に埋まってしまったようだ。
自力で外に出ることは不可能に近い、焦ったところで最早どうしようもないと悟り男は冷静さを取り戻した。

そうしてみて、ふと男は自分が嬉しくないと気づいた。
どうしてだろうか。
財宝は見つけたはずだ。
いや、財宝を見つけた時は確かに嬉しかったはずだ。
だが、今はちっとも嬉しくない。

財宝が何かに変わった訳では無い。
財宝は財宝なのだから。
しかし男は財宝が、他のものを全て捨ててまで手に入れた、価値のあるものだとは思えなくなっていた。
男には理由が分からなかった。
途方もない虚無感だけが絶え間なく彼を襲った。

腹が鳴った。
こんな時にでも腹は減るものだ。
男はバックパックを漁るが、およそ食料になりそうなものは見つからなかった。
仕方なく男は寝ることにした。

男は夢を見た。
男の目の前には無数の真っ赤なリンゴがあった。
男にはそれが財宝のように見えた。
男はリンゴを手に取った。
男の目から涙がこぼれた。

そこで夢が終わった。
目を覚ました男の目の前には、無数の黄金で作られたリンゴがあった。
男にはそれが財宝には見えなかった。
男はリンゴを手に取った。
男の目から涙がこぼれた。

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