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だから、ここがふるさと

僕は埼玉生まれの埼玉育ち。
人生のほとんどを埼玉で過ごしてます。
北辰テスト受けたし、硬筆書いたし、
風が語りかければうまいうますぎる。
出席はもちろん「はい。元気です!」
わかる人は立派な埼玉県民ですよ(笑)

生まれは埼玉県狭山市、今は埼玉県所沢市在住。実家まで車で30分くらいの距離に住む僕が、ひょんなことから「ふるさと」について語ることになりました。

さてどうしましょ。
ここはちょっと写真家っぽく(アマチュアですが)いってみましょうか。

ふるさと = こころの原風景で。

同じ所沢市内に母方の祖父母の家があります。俗にいうおばあちゃん家に幼い頃からよく遊びに行ってました。

小学生低学年の頃のある日。
自転車借りておばあちゃん家の周りに探検に行ったんです。
知らない場所に自転車で行くって今でもドキドキします。その時もドキドキしながら知らない道を進んでいたら、

道がね。
山の上に向かって伸びていたんです。
すごい登り坂!
先が見えないくらい!

はい。ここで地元以外の方に解説します。
僕の出身の狭山市ですが、市名に「山」がつくのに山はありません。武蔵野台地の縁にあり、そびえる山はありません。
自転車で探検した所沢市も山はありません。狭山丘陵という丘の麓におばあちゃん家はあります。
つまり家の周りしか知らない子どもが、丘を山と勘違いしたんですね。
はい。解説おわり。

借り物の大人用ギアなし自転車に乗った小学生の僕は坂道を登りきれず、坂道の途中で引き返して、「山があったよ!」って興奮して報告をしにおばあちゃん家に戻りました。

その時見た山の光景はしっかり覚えている。
幼いころの小さな冒険の記憶。

そして月日は流れ、僕は親になり、おばあちゃん家のそばに住んでいます。

そこは山じゃないことを知っている。
あの日登りきれなかった坂を自転車で簡単に登れる。
あの日見られなかった坂のてっぺんからの景色をみている。

そして、想う。
この坂が、僕のこころの原風景だなって。

今、僕は狭山丘陵をメインフィールドに写真を撮っています。狭山丘陵の自然保護のボランティアをしています。

あの日見た風景がすべてのきっかけだったと今になって思う。
だから、ここがふるさと。
そんなふるさとがあってもいいんじゃないかな。

僕の子どもたちはやがてここからどこに巣立っていくんだろう。
いつでも戻って来れるふるさとを、これからも守っていくよ。


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