正規表現で古典ギリシア語のフォントだけ一括変換する方法!

どうも、『人文×社会』の中の人です。

今回は、正規表現で論文中の古典ギリシア語の部分だけを選択して、フォントを一括変換する方法をご紹介していきたいと思います。

これまたマニアックな……と思われるかもしれませんが、古典ギリシア語を含む論文を書いている人にとっては、地味に役立つかもしれません。

ギリシア文字だけフォントを変えたい!

1990年代以降、Unicodeが整備されたおかげで、今ではPC上で正確に古典ギリシア語を入力することができます。これにより、学術論文の中に古典ギリシア語の文や単語を入れることも容易になりました。

以下のように、Word上で日本語・英語・古典ギリシア語が混在する文章を作成することもオチャノコです。

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しかし、簡単に古典ギリシア語が入力できるようになると、「もっと古典ギリシア語のフォントがきれいなものにならないかな…」とさらに欲が出てきてしまいます。

先ほどの文章は、日本語が「ヒラギノ明朝」、英語・古典ギリシア語が「Times New Roman」だったのですが、古典ギリシア語の部分だけ「Minion Pro」というフォントに変えてみると、こうなります。

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えっ、変わってないじゃん、と思った人は、以下をご覧ください。

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左側がTimes New Romanで、右側がMinion Proです。Minion Proの方が少し読みやすくなったように感じます。(文字の装飾や線の太さの強弱による違いです)

こんな感じで、言語によってフォントを使い分けると、より好ましい見た目になることがあります。

………

というだけでは、今回の記事は終わりません。

実はこれ、一括で指定しようとすると、困ってしまいます。なぜなら、Word上では、英語も古典ギリシア語も、「半角英数字」として指定することになるからです。

実際、Wordの「フォント」パネル上でも、英語と古典ギリシア語のフォントの使い分けを指定することができません。(「英数字用のフォント」の欄は一つしかありません)

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ど、どうしよう……。

そこで、登場するのが「ワイルドカード」です。ワイルドカードで、古典ギリシア語の文字だけを全選択して、一括でフォントを変更するということをやってみたいと思います!

古典ギリシア語で使う文字

ワイルドカードで古典ギリシア語の文字を指定するには、そもそも古典ギリシア語でどんな文字が使われているかを考えなければいけません。

えっ、そんなの簡単じゃないか。こうでしょ。

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……惜しいです。それは現代ギリシア語で使われている範囲の文字です。

実は、古典ギリシア語では、現代ギリシア語で使われているものよりも広い範囲の文字を使います。

その際、注意しなければならないのが、気息記号アクセント記号です。

① 気息記号

古典ギリシア語では、主に語頭に母音やρがある場合、h音があるかどうかを示す「気息記号」をつけます。

気息記号はコンマみたいな形をした記号で、文字の上に置きます。

【h音がない場合】
ἀ, ἰ, ὐ, ἐ, ἠ, ὀ, ὠ, ῤ
【h音がある場合】
ἁ, ἱ, ὑ, ἑ, ἡ, ὁ, ὡ

h音があるかどうかで、気息記号の向きが逆になっていることに注意してください。

例えば、「始まり」や「原理」を意味するἀρχήは、archē(アルケー)と読みますが、「ハーモニー」や「調和」を意味するἁρμονίαは、harmoniā(ハルモニアー)と読みます。

同じαですが、ἀならば「ア」、ἁならば「ハ」と読むわけです。

こうした気息記号は、現代ギリシア語では使われていません。

② アクセント記号

古典ギリシア語でもう一つ注意しなければならないのが、アクセント記号です。

現代ギリシア語では、ά, ί, ύ, έ, ή, ό, ώというふうに使われる「鋭アクセント」しか残っていませんが、古典ギリシア語には一般に以下の3種類のアクセントが使われます。

【鋭アクセント】
ά, ί, ύ, έ, ή, ό, ώ
【重アクセント】
ὰ, ὶ, ὺ, ὲ, ὴ, ὸ, ὼ
【曲アクセント】
ᾶ, ῖ, ῦ, ῆ, ῶ
(曲アクセントは長母音のみにつきます)

これが先ほどの気息記号と組み合わされると、いろいろなパターンが出てきます。

【鋭アクセント】
ά, ἄ, ἅ, ί, ἴ, ἵ, ύ, ὔ, ὕ, έ, ἔ, ἕ, ή, ἤ, ἥ, ό, ὄ, ὅ, ώ, ὤ, ὥ
【重アクセント】
ὰ, ἂ, ἃ, ὶ, ἲ, ἳ, ὺ, ὒ, ὓ, ὲ, ἒ, ἓ, ὴ, ἢ, ἣ, ὸ, ὂ, ὃ, ὼ, ὢ, ὣ
【曲アクセント】
ᾶ, ἆ, ἇ, ῖ, ἶ, ἷ, ῦ, ὖ, ὗ, ῆ, ἦ, ἧ, ῶ, ὦ, ὧ

あとアクセントではないですが、母音を分離して発音することを示した記号(トレマ)もあります。実際には以下のように、各種アクセント記号と一緒に出てきます。

ῗ, ῒ, ΐ, ῧ, ῢ, ΰ

さらに、「下書きのイオタ」と呼ばれる記号もあります。これはもともとイオタという文字があったものの、発音されなくなったことから、文字の下にイオタを添えて表記するようになったものです。

下書きのイオタがつくのは、長母音の下のみなので、以下の3種類だけです。

ᾳ, ῃ, ῳ

ところが、これも気息記号やアクセント記号と組み合わされて、さまざまなバリエーションが出てきます。

ᾳ, ᾀ, ᾁ, ᾂ, ᾃ, ᾄ, ᾅ, ᾆ, ᾇ, ᾲ, ᾷ, ᾴ
ῃ, ᾐ, ᾑ, ᾒ, ᾓ, ᾔ, ᾕ, ᾖ, ᾗ, ῂ, ῇ, ῄ
ῳ, ᾠ, ᾡ, ᾢ, ᾣ, ᾤ, ᾥ, ᾦ, ᾧ, ῲ, ῷ, ῴ

もちろん、以上はすべて小文字の場合です。これに加えて、大文字でも同様の組み合わせがあります。

こんな感じで、古典ギリシア語の文字すべてを扱うには、こうしたさまざまなバリエーションを考えなければいけません。

えっ、これって無理ゲーでは?と思われるかもしれませんが、実はワイルドカードで古典ギリシア語の文字すべてを指定する方法は、意外とシンプルです。

ワイルドカードで表そう!

では、さっそくワイルドカードで古典ギリシア語の文字を指定する方法を見ていきましょう。

まず、気息記号とかアクセント記号とかを気にせずに、大文字と小文字のアルファベットすべてを指定することを考えてみます。すると、こんな感じの表記になるはずです。

[Α-Ωα-ω]

これで最初に示したサンプル文を検索してみると、こうなります。

やはり気息記号やアクセント記号がついた文字は、検索から漏れてしまいました。

そこで、Unicode上での記号つきのギリシア文字の範囲(Ά-ώἀ-ῼ)も含めた表記にしてみます。それがこれです。

[Α-Ωα-ωΆ-ώἀ-ῼ]

これでサンプル文を検索してみると、こうなります。

おーっ、ちゃんと記号つきのギリシア文字も含めて、古典ギリシア語の部分だけ全選択できました!

これでフォントを設定すれば、古典ギリシア語の部分だけ別のフォントに変えることができます。

さらにブラッシュアップ!

ところが、実はこのワイルドカードの指定は完全ではありません。というのも、古典ギリシア語の文中で使われるコンマやピリオドなどの記号が含まれていないからです。

実際、以下のサンプルでは、こうなってしまいます。

検索前の状態
検索結果

予想どおりコンマやピリオドなどが選択されていません。

じゃあ、コンマやピリオドとかを追加すればいいだろ、ということで、単純にそれを追加した指定を考えてみます。

古典ギリシア語で使われる記号はこんな感じです。

コンマ……「,」
ピリオド……「.」
セミコロン……「·」(正式には「アポーテレイア」と言います)
クエスチョンマーク……「;」
アポストロフィ……「’」

コンマとピリオドは同じなのですが、英語やフランス語のセミコロンに相当するものが、古典ギリシア語ではクエスチョンマークとして使われるので注意が必要です。(厳密にはこれらの記号は古代に使われたものではなく、後代の写本の中で使われた記号に由来します)

以上を踏まえて、修正してみたワイルドカードの指定がこれです。

[Α-Ωα-ωΆ-ώἀ-ῼ,.·;’]

これで、先ほどのサンプルを全選択してみると、どうなるでしょうか。

うーん、そうじゃない! 英語の部分のコンマとかピリオドとかは選択しないでほしいと思ってしまいます。

そこで、さらにこれを工夫して、単にコンマやピリオドなどを選択するのではなく、古典ギリシア語の文字の直後にあるコンマやピリオドなどを選択する、という感じに変えてみます。

古典ギリシア語の文字の直後にあるコンマやピリオドなどを指定するワイルドカードの表記はこうです。(厳密には、コンマやピリオドなどの直前の文字も含みます)

[Α-Ωα-ωΆ-ώἀ-ῼ][,.·;’]


これで検索してみると、こうなります。

おーっ、ちゃんと古典ギリシア語のコンマやピリオドなどのみが選択されています。

というわけで、以下の手順で古典ギリシア語のフォントを変更することができます。

① [Α-Ωα-ωΆ-ώἀ-ῼ]で選択して、フォントを変更。
② [Α-Ωα-ωΆ-ώἀ-ῼ][,.·;’]で選択して、フォントを変更。

実際やってみると、こんな感じです。

①の作業で、フォントを「Minion Pro」にしました
さらに②の作業で、フォントを「Minion Pro」にしました

完成品がこちらです。

おーっ、ちゃんとできました!

結び

今回ご紹介した技は、古典ギリシア語以外でも、アラビア語やヘブライ語、ロシア語など、英語やフランス語とは異なる種類のアルファベットを使う言語ならば、同様に使うことができるはずです。

自分が論文でよく使う言語については、こうした指定の仕方をあらかじめ知っておくと、けっこう役立つかもしれません。

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