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76頁目 4階売場 Fさん②


神保町本店での思い出や周辺のお店、現在行っているフェアなどを
100日紹介する<三省堂書店神保町100頁日誌>。
本日は4階売場Fさんにお話を伺いました!

沢山お話を聞かせて頂いたので3日にわけてあります!


Q2.当店で働いていた時の印象深い思い出を教えてください。

*好きな作家の三浦しをん先生に取材を受けたこと

 ある日、売り場で作業をしていると文芸書売り場の社員の方と売り場の上司と共に、作家の三浦しをん先生が来店されました。

 当時私は医学書売り場。小説の参考資料を探しにこられたか、もしくは医学書売り場歴の長い上司に取材に来られたか・・・書店で働く前からずっと好きだった小説家の先生の来店に浮かれつつ、自分が応対する事はなさそうだと思い指をくわえて一団を見ていると、どう言うわけか私のところに一直線でやってきました。

 はてなと思っていると、雑誌「オール読物」のエッセイ企画で書店のアルバイトスタッフに取材をしている。各売り場を回っており、この売り場では藤井くんに取材を受けてもらいます。」との事。

 まさか好きな小説の作者で、高校生のころ初めて買ったエッセイの作者の方からエッセイ取材を受ける事になるとは!ガチガチに緊張しつつ、数分間、売り場での出来事や自分の仕事について話をさせていただきました。緊張しすぎて失礼な事を言ってはいなかっただろうか・・・興奮と不安を感じながらも天にも登るような数分間でした。

 それからしばらく。その時のインタビューが雑誌に掲載されました。恐る恐る読んで見ると・・・載っているのです。私の話が。

 何一つ誇張はないはずなのに、三浦先生の軽妙洒脱なタッチによって、平凡な自分の言葉が味のあるキャラクターのセリフのように描かれ、まるで自分自身が三浦先生の作品の登場人物になれたようでした。とても嬉しかったです。

 その時の雑誌は今も家宝にしています。本好き、そして書店員冥利に尽きる最高の思い出でした。

(思わずこの文章もエッセイを意識したような照れくさい文章となってしまいました)



*東北の震災の時の話

 2011年3月11日。私は当時五階の医学書売り場におりました。

 本の納品の作業をしていると、揺れを感じました。「大きいな」と思っていると、揺れはどんどん大きくなっていきます。

 高い階層にいるから揺れを大きく感じるのか?最初はそう思いましたが、その考えはすぐに覆りました。

 明らかに経験したことがない大きな揺れ。棚からは本が飛び出し、タワー上に積み上げていた大型の新刊は雪崩を起こし、スタッフもお客様も何かに捕まっていないと立っていることが出来ません。「棚から離れてください!」スタッフの声が響き、皆棚から離れ手や荷物で頭上を守りながら揺れの収まりを待ちました。しばらくして揺れがおさまり、棚から離れた通路にお客様を誘導。スタッフの安全確認のもと、非常階段から1階まで降り出口まで避難しました。(10年近く勤めていますが、その非常階段を使ったのはその日一回きりです)

 安全確認する時、棚の周りを確認しましたが棚と棚の通路は落下した本で埋め尽くされておりゾッとしたのを今でも覚えています。

 この時、印象的だった事が2つありました。まず避難がとてもスムーズだったこと。揺れに騒然としつつも、お客様の誰一人としてパニックにならず、スタッフの案内に冷静に従ってくれたため、怪我人や行方不明者、遺失物の届けが出ずに済みました。神保町のお客様たちの冷静さ、適応力の高さは今思い出しても感嘆いたします。

 もう一つ、三階から上の階層は揺れが大きく、棚が歪んだ階や、最上階のスタッフ通路で天井の照明が落下したりと明確な破損がありました。しかし低層階、特に1階では揺れがほとんど無く、あれだけの地震であったにも関わらず揺れに気づかなかったという人が沢山いたのです。大勢が避難している中、のんびりと店内に入って雑誌を立ち読みする方が出る始末。1階の売り場で天井近くの高さまで積まれていた文芸書のタワーはびくともしていませんでした。おそらく神保町という街そのものが、周辺の坂に囲まれ、低い立地の土地であったため、地盤が固く揺れの影響が少なかったのかも知れません。その反面、坂の上にあるお茶の水や九段下の方面は大変だったのではないでしょうか。

 その日帰れないスタッフはフロアの床に搬入で使われる段ボールを布団がわりにして一泊し、翌日は出勤できるスタッフと担当地域の取次の営業の方に協力してもらいながら店内の後片付けをして1日を過ごしました。

 それからしばらく、地震、災害、緊急時対応、原子力関係の本が大量に売れ、大量に出版されたのをよく覚えています。搬出用のトラックの便も減ったり倉庫の本が壊滅した出版社もあり、地震当日よりもその後の数週間の方が業界でも混乱していたように思えます。

(余談ですが、この地震がきっかけで耐震改修工事が実施され、その流れで諸々の理由もあって各階精算だったのが1階のみの集約レジに変わったという歴史があります。今思えばあの揺れの中で会計中にトラブルが起きなかったのも奇跡だったと思います)


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