貝塚おとぎ草紙 第2話「権九郎ぎつねとお地蔵さん」前編

貝塚寺内町の歴史や説話等をモチーフにした、創作おとぎ話シリーズ。第2話は、イタズラ子ぎつねの権九郎のお話です。まちの人々を困らせていた権九郎は、とうとうお地蔵さんに懲らしめられますが…。貝塚市南町在住、和田春雄さんの原作、挿絵は油谷雅次さんです。

 昔々、ずーっと昔のことです。松林の続く砂浜に、白い波が打ち寄せられていました。山側の小高い丘には、周りよりはひときわ大きくて立派な松の木が生えていました。人々はその松を姫松と呼び、沖を通る船の目印になっていました。ここは泉州の貝塚寺内と呼ばれ、町並みの南はずれには黒土という雑木林の丘がありました。そこには、おコンという母ギツネと、たいそうイタズラ好きな権九郎という子ギツネの親子が住んでいました。母ギツネは、南の浦にある吉原のお堂に毎日毎日お参りしていました。「お地蔵様、どうか、権九郎のイタズラが治りますように。世の中の役に立つ心優しい子どもに育ちますように、お守りください。」母ギツネは、何度も何度もお願いしました。

 ある日、青空に真っ白い雲がプカプカ浮かぶ昼下がり、権九郎は「なんぞ、おもしょいことないかいなー。浜の煮干しをぶっちゃけんのも、洗濯物を汚すのんも、つげ櫛をどこぞに隠すんも、もう飽きてしもた」ちょうどそこへ、紀州口にかかっている清水橋を渡って、脇浜のおキヨばあさんが天秤棒を担いでやってきました。「アサリやでー、いなんかー、大きな大きなアサリやでー、買うてやー。」「あっそうや、おもしょいことしたろ。」権九郎は、アサリ売りのおキヨばあさんの後をつけながら、道端の小石をアサリのいっぱい入っているザルの中に放り込んでいきました。「けったいやなー、なんでさっきより荷が重とうなってきたんやろ。」おキヨばあさんは天秤棒を担いで、あっちこっちへヨタヨタしながら通りを過ぎて歩いていきました。

 「あっはっは、あのばあちゃん、何も知らんと行ってもた。」権九郎は笑いながら、今度は利斎坂をピョンピョンはねて登っていくと、ちょうどそこへ大八車にタケノコをいっぱい積んで、木積の里から孫兵衛のおじいさんがやって来ました。「タケノコいらんかー、今朝掘りたてやでー、白うてやらかいでー、タケノコ買うてんかー。」権九郎は、また悪さを思いつきました。どこぞから大きな石臼を担いできて、大八車の中にドスンと放り込みました。大八車は尻もちをついたまま、坂道をゴロゴロと音を立てながら転がっていきました。前を引いていた孫兵衛じいさんは、バタバタと足を宙に浮かして「助けてくれー」と叫んでみても車は止まりません。通りがかりの人々はびっくりして、クモの子を散らしたように逃げまどい、大騒ぎとなりました。

 その時、運悪く御下筋の辻をアサリ売りのおキヨばあさんがヨタヨタしながら通りがかったから、さあ大変。大騒ぎの坂道を見上げた時には、大八車とタケノコと孫兵衛じいさんが一緒になって、おキヨばあさんめがけて突進してきたのです。おキヨばあさんはびっくり仰天して、声も出ず大きな口を開けたまま、目をまん丸にして突っ立ってしまいました。ドシャン、ガシャンとあたりに響く大きな音とともに、おキヨばあさんと孫兵衛じいさんと、それにアサリとタケノコが空高く舞い上がったと思ったら、土砂降りの大雨のように地面に振り落ちて来るわ来るわ。ドスン、ドスン、バタバタ、ドドド…。二人の上には、アサリの山にタケノコが生えた大きな竹藪ができあがり、カラの大八車がガタゴトガタゴトと、坂を転がって浜の方へ走っていきました。

 これを見ていた町の人たちは大騒ぎで、二人を助け出そうとしましたが、孫兵衛じいさんは腰を抜かして立てません。おキヨばあさんのデコチンには、大きなたんこぶが三段にもなって腫れ上がっていました。それを坂の上から見ていた権九郎は、お腹を抱えて大笑いしました。町の人たちは「またあいつのしわざか、今日という今日はもう勘弁できん。子ギツネを捕まえて成敗してやる。」と言って、竹竿や棒切れを持って権九郎を追いかけ始めました。さあ町中、大捕物の始まり始まり。はしかい子ギツネが町中を逃げ回れば回るほど、追手の数はますます増えていきました。権九郎は必死になってみんなから逃げますが、息はハーハー胸はドックンドックン、今にも心臓が口から飛び出しそうなくらいです。とうとう苦しくなって地面にへたり込んでしまいました。

 ふと見ると、吉原を照らす真っ赤な夕陽が淡路島の向こう側に沈んでいくところでした。吉原のお堂の前で一息入れていると、向こうから追手の声が近づいてきます。もう、身を隠す場所がどこにもありません。「しまった。どないしょ、どないしょ、捕まってしまうよー」お堂の上をふと見上げると、大きなつり提灯がぶら下がっています。「しめたっ、そりゃー、エイッ。」と力いっぱい宙返りすると、そこからは権九郎ギツネの姿は消えていました。追っ手も息を切らして「おーい、お堂に逃げ込んだぞー。探し出して八つ裂きにしてしまえ。」と口々に叫んで集まってきました。ところが、お堂を隅々まで探しても、子ギツネの足跡さえ見つかりません。いくら探しても、とうとう子ギツネをみつけることはできませんでした。いつの間にか辺りも薄暗くなり、お月さんが山手に上ってすっかり日が暮れてしまいました。町の人たちは仕方なく、あきらめて帰っていきました。

 ~後編へつづく~


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