貝塚おとぎ草紙                    第1話「天女の像と吾平さん」前編

貝塚寺内町の歴史や説話等をモチーフにした、創作おとぎ話のシリーズを始めます。第1話は、姫松伝説を題材にした「天女の像と吾平さん」です。天女の彫像の願いを聞いて、その故郷を訪ねる吾平さんは果たして…。貝塚市南町在住、和田春雄さんの原作です。油谷雅次さんの挿絵もいい雰囲気です。

 昔々、ずっと昔のことやった。大坂の町に骨董品(古い道具や絵、置物などのこと)を集めんのが好きな吾平という男がおってな。船場で呉服問屋を営んでるんやが、仕事の合間を見ては、「今日も、何ぞええ品物ないやろか」と、あちこちの古道具屋を冷かしてた。そしたら、ある日、顔なじみの店先で、木で彫られた天女の像が吾平の目に飛び込んできたんや。吾平は、ひと目見るなりその天女がごっつい気に入って、欲しなってしもたんや。なんでて、その顔が、つい最近死んでしもた嫁さんにえらいよう似てたからや。それで、珍しく値切りもせんと店の人の言いなりの値段で、その像を買うてしもた。
 吾平は、お気に入りの像を床の間に飾って、今はもういてへん嫁さんを思い出しながら、来る日も来る日も眺めとった。そないしてるうちに、けったいなことが起こりよってな。晩になると、何やら女の人がシクシク泣いてるような声が、どこぞから聞こえてくるんやな。吾平は、おとろしような気色悪いような気になって、寝付かれへん。思い切って寝床から起きだして、その泣き声の出所を家中捜しまわったんや。ほな、なんとまぁ、床の間に飾ったぁるあの天女の像が泣いてるやないか! 起こるはずもないよなことに、吾平はびっくり仰天してしもて、ほんで、よう耳澄ましてみたら…「いにたいよう、泉の浜へいにたいよう」て言うて泣きよるんや。そんで、吾平がたずねてみたらやなぁ…

 「へぇえ、そうやったんか。おまはん、和泉の国から来たんかいな。そら知らなんだ。そないに出里へ帰りたいんやったら、帰したってもええで。そやけど和泉の浜いうても、堺から紀州の国境までずうっと浜や。いったいどこら辺から来たんか、言うてみぃ。」
嫁さんのことを思い出した吾平は、天女がかわいそうになって、生まれ故郷へ帰してやりとうなったんや。けど、天女はシクシク泣くばっかりで、どこから来たんか言おうとせえへん。吾平も、どないもこないもできいで困ってしもた。
 そうこうして何日かたったある晩に、吾平は天女の夢見てなぁ。「吾平はん、どうか、うちの身の上話聞いとくなはれ。うちは、和泉国貝塚の岸辺で育った松の精でおます。その松は、崖のへりに生えてる大きい木で、朝、お日ぃさんが顔出したら、木のてっぺんの影が浜の波打ち際まで届くくらい高こうおます。うちは、その枝のひとつから彫られましたんや。そんで、いろんなお人の手に渡って、とうとう大坂まで来てしもたんでおます。うち、生まれ故郷の貝塚の浜、恋しゅうて恋しゅうて、いにとうおます。吾平はん、どうかお頼み申します。うちを、貝塚へ連れていんでおくなはれ。これこのとおりでおます。」天女は、目にいっぱい涙をためて両手を合わせ、拝むように吾平に頼みよった。

 ハッと目が覚めた吾平は、「何や、夢見てたんか。」と思て、ふと床の間の天女の像を見ると、その目からはぎょうさんの涙が流れとった。「おまはん、貝塚の生まれやったんかいな。よっしゃ、そない帰りたいんやったら、わいがこれから連れていんだろ。」吾平はそう言うと、さっそく旅支度を始めよった。今やったら、自動車で1時間、南海電車やったら30分で行けるけど、昔のことや、歩いてしか行かれへん。大坂の町から貝塚まで、まる一日かかってまう。吾平は、二階でまだ寝てる下働きのおフジを起こして、旅支度を言いつけた。旅支度はメシの準備からや。井戸水でコメ研いで、釜をへっついさんに乗せて、火ぃいこしてマキくべて、ご飯ができるまでに1時間はかかる。そんで、熱々のごはんに梅干し入れて、大きなニンニ(おにぎり)を昼の分と夜の分あわせて10個握って竹の皮に包む。ここまでがおフジの仕事や。吾平は、そいつを風呂敷に入れて肩からタスキ掛けにし、腰の帯には竹筒の水筒ぶらさげた。足にはワラで編んだワラジをはいて、やっとこさ旅支度が整ったのは、もう夜が明けかける頃やった。
 吾平は、着物の懐に天女の像をしっかり入れて船場の家を出発した。道頓堀渡って千日前のあたりへ来ると、もう町はずれ。今の南海電車の難波駅のあたりは田んぼや畑ばっかりで、ずうっと向こうに天王寺さんの五重塔と今宮戎の宮さんが見えるだけやった。先を急いで天下茶屋、粉浜を過ぎたら右手は大阪湾。今の国道26号線のあたりが波打ち際になってて、そこに三階建てぐらいの高さの大灯篭が建っててな、今でいうたら灯台みたいなもんや。そっから先は、波の向こうに淡路島が見えるだけや。左手の方は、大きなクスが茂った森で、その中に住吉さんの赤い太鼓橋とお社が見えてる。吾平は旅の安全を願ごうて住吉さんへお参りしてから、大和川を渡ってやっと和泉国、堺の町へと到着した。「ああ、やれやれ。やっとこさ堺や。これから貝塚まで、あとどんだけかかるんやろか。」店の用事で堺までは来たことのある吾平やが、これから先は行ったことなかったんや。
                         ~後編へつづく~

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