貝塚おとぎ草紙 第1話「天女の像と吾平さん」後編

貝塚寺内町の歴史や説話をモチーフにした、創作おとぎ話シリーズ第1弾「天女の像と吾平さん」の後編です。天女の彫像の願いを聞いて、その故郷を訪ねる吾平さんは果たして…。貝塚市南町在住、和田春雄さんの原作です。油谷雅次さんの挿絵もいい雰囲気です。

 堺の町をぬけて石津川を渡ると、そっから先は見渡す限りずうっと続く松林。その中を縫うようにして紀州街道が通ってる。浜寺を過ぎて、高師浜の高石神社まで来た吾平は「ああしんど、腹も減ったし、この辺でお昼にしょうか。」と言うて、石の鳥居の横手にある大きな松の根元に腰を下ろした。そんで、肩にかけてきた風呂敷からニンニを出してパクパク食べだした。やがて空腹もおさまり、松林の中を通る風がほんに気持ちよう感じて、吾平は「ああ、こころようなった。このまま昼寝でもしとうなってきたなぁ。いやあかん、貝塚まで、天女を連れて行ったらなあかんのや。そやけど、まだだいぶあるなぁ。こりゃア、今日中には船場までいなれへんな。待てよ、ここは見渡すカギリの松林やないか。和泉国まで来たんやよって、この像はこの松の根元へ置いて行こ。ほんま悪いけど、これで堪忍してもろとこか。」そう思うて懐から天女の像を出そとした時「あかんあかん、吾平はん、どうかお頼み申します。せっかくここまで連れて来てもろたんやさかい、どうか貝塚まで送っとくなはれ。ここへ放っとかれたら、うち、死んでも死にきれまへん。」天女はそう言って、吾平の懐をつかんで放せへんかった。それを見た吾平は、また嫁さんを思い出した。天女が不憫に思て、やっぱり貝塚まで送ろうと決心した。竹筒の水を飲み、今まで以上に足を急がせ、もくもくと歩いた。

 松ノ浜、大津、忠岡、磯上、春木と過ぎて、並松をぬけたら岸和田の城下や。そこで、ボロボロになったワラジを新しいのんと履き替えて、やっとこさ津田川の岸見橋についたのは、お日ぃさんが淡路島の端っこへ沈んでいく頃やった。「貝塚は大きい町や。旅籠の一軒や二軒あいてるやろ。松の木探すんは、あしたにしょ。」吾平は、真っ暗になった宿場町をたどり、とある旅籠ののれんをくぐった。「ごめん、一晩泊めてんか。」すると、宿の女将が出て来て吾平に向かい「檀さん、すんまへん。今日は紀州の殿さん、ぼっかんさんにお泊りなさって、ここいらの宿はご家来衆のお侍でいっぱいで…、ほんにあいすまんこっておます。」と平謝り。「こら難儀やなぁ、大名行列と鉢合わせしてしもた。しゃあない、今夜は貝塚の浜で夜ぉ明かそ。」吾平はひとりつぶやくと、街道を右に折れて手繰の浜(中北)へ行ったんや。
 松林の向こうには波が打ち寄せる砂浜が続いて、潮の香りが鼻をついてきよる。松林のはずれに腰を下ろした吾平は、懐から天女の像を取り出して「やっとこさ着いたで。わかるか、ここが貝塚の浜や。」とニッコリ笑いかけた。「吾平はん、こないな遠いとこまで送ってもろて、ほんまありがとさんでおます。この潮の香り、忘れよと思ても忘れられへん貝塚の浜の香りでおます…」そう言うと、天女は目から涙を流した。「不思議な縁で、おまはんと出会うて、貝塚まで来てしもたけど、そないに喜んでもろたら、わいも嬉しい。ここまで来たかいもあるちゅうもんや。そやけど待ちや。おまはんの松の木、まだ見つけてへん。あしたになったら探そやないか。」吾平はそう言うと、風呂敷から昼の残りのニンニを出して食べ、くたびれてパンパンになった足を自分でもみほぐすと、すぐに横になって眠ってしもた。

 夜が明ける前に、どこぞで一番鶏がコケコッコーと鳴きよって、吾平は目ぇを覚ました。寝ぼけ眼で波打ち際まで行って、お日ぃさんの出る方を眺めてると、濃い青色の葛城山を真っ赤に染めながら、大きな大きなお日ぃさんが上ってきた。あたりが次第に明るうなってくると、街道沿いの屋根瓦の上に大きな黒い茂みが見えだした。突然、お日ぃさんの光が屋根を照らすと、大きな影が吾平のいてる波打ち際まで伸びてきたんや。吾平は急いで懐から天女の像を取り出すと「あれや、やっと見つけたで! あれが、おまはんの松やろ。」そう言うと、松の木の生えてる方、向かって走り出した。利斎さんの坂まで来ると、目の前に松が現れた。それはそれは立派な松で、崖の上にどっしりと根を張って、ごっつい太い幹が天に向かってそびえ立ち、両側に広げた枝は青々とした葉を茂らせて、まるで貝塚の町を包み込むように立ってたんや。
 吾平は松の根元まで行って、天女の像をそこに置いてやった。「ああ、うれしい。やっと帰って来れました。吾平はん、この御恩、うち絶対忘れしません。ありがとさんでおました。最後にどうか、松の根元にうずんでおくなはれ。そないしてもろたら、うちこの松に戻ることができますさかい。」天女はほんまにうれしそうに、吾平に向かって言うた。吾平は天女の言うとおり、松の根元に穴を掘り、天女をそっとおぼってやった。それはまるで、嫁さんを葬ってるようやった。そんで、なんやとっても気持ちようなって、ひとり、もと来た紀州街道を大坂へ向かい歩き出した。振り返って大きな松を見たら、風に枝が揺れて、なんや吾平に手を振ってるみたいに見えたんや。

 この大きい松は、みんなも知ってる姫松さんや。今は北校の下運動場の池の向こうに切り株だけが残ってるけど、ほんまは、ウサギ小屋のうしろの上運動場の崖に生えてたんやでぇ。きっと、今では天女の像は、その下の土になってる。みんなもいっぺん、天女に話しかけてみたらええ。ひょっとしたら、昔の話、してくれるかもしれへんなぁ。
 ほな、これでおしまい。
 

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