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小林賢太郎演劇作品「うるう」

いつも小林賢太郎の作品を観る前は緊張からおなかが痛くなる。
まして8年前に初演され、それから4年に1度上演されている作品となればなおさらだ。

彼は観劇マナーにうるさい。彼のサイトには【観劇のコツ】というページがあり事細かに「こうするとより楽しめるよ」という切り口で観客を暗に指導している。当然「携帯の電源は主電源から切るように」ということも書かれているが、「なぜそうしないといけないのか」と理由まできちんと書かれている。親切ではあるが、彼の生真面目な性格が出ているとおもう。

私は以前、彼の作品の上演中にお腹がなってしまったことがある。その日も朝から緊張で食事が喉を通らず、開演前に劇場前のドトールでカフェオレを一杯飲めただけだった。上演中、大笑いしていたらお腹がすいたのか、シンとした瞬間にぐうううとお腹が鳴ったのだ。その日のアンケートに正直に書いて「ごめんなさい」と伝えた。数日後、彼のサイトには「観劇は意外とお腹が空くものです。しっかり腹ごしらえをしてきてください」と書かれていた。

前置きが長くなったが、2020年2月26日(水)大阪・サンケイホールブリーゼで小林賢太郎演劇作品「うるう」を観てきた。4年に1度うるう年に上演され、うるう日である2月29日に千秋楽を迎える作品。しっかり腹ごしらえ(デザート付き)してから劇場に向かった。緊張で喉を通らないなどと言っている場合ではない、上演前の食事は義務である。

おりしもその日の午後、政府が「大規模なイベントの中止・延期を要請」し、perfumeやEXILEは当日開催のライブの中止を発表した。翌日以降のライブ・イベントも次々に中止、延期が発表され始めた。

この作品においては2月29日に千秋楽を迎えることで完成すると言っても過言ではない。小林賢太郎はどうするのか。もし中止や延期を選択するのであれば(中止はあっても延期はありえないだろうが)今日(26日)が最後になるかもしれない。そうなれば上演後のカーテンコールで説明があるはずだ、そうおもっていた。

結論から言うと、カーテンコールはいつも通りだった。一言も発せず、ただ笑顔で客席に手を振って終わった。そうか、やめないんだな。そりゃあ悩んだだろうし、続行も中止も苦渋の決断だっただろう。そうか、やめないか。

コメントも非常にあっさりとしている。これだけ世間はコロナウイルス一色だというのに、「花粉症の季節です」ときた。ウイルス対策はひとことだけ。あくまでも観劇マナーとして書かれてある。強い。

さらに前置きが長くなっている。ちなみにこの作品はきっとこれからも4年ごとに(いつまで続くのかはわからないが)上演されるはずなので、ネタバレになることは書かない。中身はいわずもがなすばらしい。孤独とは、はじめからひとりきりであればきっと味わうことのない感情だ。だれかと一緒にいる経験を持つことで初めて孤独を知る。そんな苦悩が、葛藤が、描かれた作品だ。作品についてはこのくらいでいいか。

今回強く感じたのは、作品をつくるのは舞台の上の演者だけではないということ。彼らを支える裏方もそうだが、観客も一緒にその作品をつくっている。

それを強く感じさせたのは開演直前だった。この作品は森の中が舞台なので、ステージに降りている幕には森の絵が描かれていた。そして場内には鳥のさえずりがBGMがわりに流れていた。開演1分前「開演に先立ちまして…」のアナウンスが流れ、劇場スタッフも「携帯の電源を切るように、前のめりにならず背もたれに背中をしっかりつけてみるように」と声掛けをした。

それから5分近く、客電はついたままだったが場内は静まり返っていた。ただ全員が幕に描かれた森の絵を見つめ、鳥のさえずりだけを聴いていた。舞台上で彼らがスタンバイする足音が聞こえてくるほどだった。観客も彼らと一緒にうるうの森に入っていき、スタンバイをしていた。

彼の作品を10年ほど見てきているが、開演前にあれほどまでの静けさを経験したのは初めてだったようにおもう。小林賢太郎が確実に観客を育ててきている。すごいことだとおもう。

確かにその日は無事上演されるのかどうか不安に感じていたひとも多かっただろうから、そういう意味でしんみりとしていたところはあったかもしれない。開演前、お手洗いに行くとみな念入りに手洗いしていたし、こんなにマスク売ってないのに、ほぼ全員に近いひとたちがしっかりマスクをしていた。万全の態勢だ。

こんな時に中止せず、上演続行させることには批判も多いだろう。何かあってからでは遅いのだ。それでも、そんなことはわかりきっていても、2月29日を迎えるのだ。それは小林賢太郎と、この「うるう」という作品を愛している人間たちが、強く強く心に決めていることなのだ。

しらんけど。

とにもかくにも。ことしも、日本でオリンピックが開催されるこの2020年も、この作品を観られてよかったと心の底からおもう。

小林賢太郎さん、ありがとうございます。最後までどうか走り抜けてください。無事終わったら次はいよいよパラリンピック。楽しみにしています。これから劇場で観る予定の方々も、ご家族や周りの方とよくよく相談して、無理をせず判断してくださいインザハウス。

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