透析中止で死亡した女性【編集後記】


透析を中止して亡くなられた女性について執筆しました。

今回は、ボリュームがあったので、前半と後半で記事を分けています。



前半:関係者一覧と出来ごとの時系列


後半:出来事の詳細と感想


編集を終えて

とにかく、悲しいニュースでした。

執筆時、たくさん情報をリサーチしますが、

今回ほど大変なリサーチははじめてでした。


一応、私のブログは「分かりやすく情報を発信する事」が信条ではあります。


しかし、この件を調べれば調べるほど、感情的になってしまい、「分かりやすい」という信条とは違う記事になり、執筆が進まなくなってしまいました。


世論や専門家の争点のほとんどが、「医療の判断の正否」でした。


私は専門家ではないですし、何が正解かは分かりませんでした。


この件に限らず、人それぞれに正義があります。

今回の件でも、原告被告ともに正義があり、その正義のもと判断をしています。


裁判の結果としては「病院側に説明不足や意思確認不足が見られる」という事で和解となっています。


私がこの一連の事をリサーチして一番不思議だったのは、

亡くなられた女性が「幸せだった」と思いながら死ぬことができたのか。

「夫にせめて最後感謝を伝えたかった」と思わずに逝けたのかという疑問でした。



そこがむしろ一番知りたいと思う内容でしたが、分からずじまいでした。

この部分についてメディアでしっかりと記述されていて、病院は最善を尽くと判明すれば世間の印象もかなり変わっていたように思います。


女性がどのような最後だったのか。

言い残した事は無いのか。

その部分が語られずにただ「透析を中止して死亡した」という事が一番クローズアップされている記事が多い事は、私としては残念です。








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