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大学4年間のアカペラ生活をざっくり雑に振り返る

こんばんは、じまおです。

なかなか気が向かなくて書いてませんでしたが
たった今重い腰をあげて書いています。

僕は4年間で マイクの持ち方 だったり ステージング だったり 目的 だったり モチベーション だったりの部分がしょっちゅうコロコロ変わっていました。それを、書き、ま、す。
現役の皆様のなにかしらの参考になればと思います。
ほんでダラダラ書いてたら長くなってしまいました。すみません🙇

◇1回生◇

僕は中学生のときくらいから運良く(?)ボイパが音が鳴らせる程度に出来ていたので、当時はとにかく すぐ歌いたい! という欲が凄かったです。
クオリティは置いといて好きな曲の楽譜をいっぱい書いて歌う、っていうのをかなりやっていました。効率っていう面ではめちゃくちゃ悪いんですけど、経験としてはまぁアリだったなぁと思います。まあ先輩からしてみればクソだる後輩でしょうし、同期からしてみれば変なヤツだったと思います。
モチベーションとしては、"将来大会で活躍したいなぁ"という気持ちもあったのでちょいバチくらいだったかと思います

…その後は徐々に、先輩とかが大会に挑戦しているのを見て 賞レースに参加したい という気持ちが強くなっていきます。

◇2回生◇

そういうこともあり、この時が1番「勝ちたい」という気持ちを持ってアカペラをしていたかなと思います。実際のところこのバチバチヴァチヴァチな考え方は自分の性格とはかなり合わずめちゃくちゃ迷走しました。
そもそもの、賞レースに出たい・勝ちたいと思っていた由としては県外の同期アカペラーの存在が大きかったです。地方民として、有名サークルの同期の人達とどうにかして関われないものかと思っていて、その手段としてということです。純か不純かよくわかりませんね。

この頃は自分がアカペラを楽しむことそっちのけでお客さんにどうやったらウケるかみたいなこともずっと考えていました。ダメとは言わんが愚かじゃ。

アカスピも最終予選には出ましたが空回りまくり、YAC(中四国の1,2回生大会)は1年の頃に続いて出れませんでした。YACは数少ない同期との出会いの場でもあるので、めちゃくちゃ悔しかった覚えがあります。当時はこのまま県外に出ることなく4年間終わるな…と思っていました。

関係ないですが、良くしていただいた先輩たちのラストイヤーだったので、「この先輩たちが居なくなったらこのサークルどうなるんだ…」と心配しまくっていた時期もありました。多分杞憂でした。

◇3回生◇

SNSのおかげもありなんやかんやで県外でのライブに出れるようになってきました。

・県外にライブに行く経験が増えてきたこと
・賞レースの結果は実力だけでなく、審査する人や審査方法によるということが分かってきたこと
・2回生で完全にモチベーションが落ちきったこと

こういったことが理由で 、アカペラは「ゆるく楽しく」やって"あわよくば"コンテスト・大会でも評価されればいいなぁというモチベーションになってきました。
要は、アカペラをやる目的が賞レースでは無くなったということです。
この心持ちが自分に合っていました。ここに至ったのが3回生の夏頃。ちょい遅かったですね。

変なことを考えずにアカペラをするようになったからか、CHUNKYではアカスピ全国に出ることが出来ました。ぶっちゃけなんで出れたのか今でも分からないんですけど、めちゃくちゃ貴重な経験でした。完全にお客さんサイド。とにかくCLUB CITTA'はデカかった。岡山にも欲しい。

この年はとにかく県外でのライブが多かったです。死にました。財布が。
でもおかげで、いろんな県外のアカペラーと出会うことが出来たので、金で買った素晴らしい経験と捉えましょう…。

◇4回生◇

3回生が色々とピークだったので、完全に"余生だ〜"、みたいな気持ちでした(?)。この年はアカペラ以外の部分でも結構忙しくやっていたので、そうなるのも仕方ないです。

最上回生なので、少しでも後輩の為になればいいなという気持ちでサークル活動をやる比重が増えてきました。これまで好きにやらせて貰えた分なにか還元出来たらと。なんなら今も思っています。

こうやって後輩に居心地悪いと思って欲しくないと思っていた分、1or8を組んだ時は後輩から嫌われないかめちゃくちゃ不安でした。上回生かつ強そうかつ怖そうなので。
今ですら「多分好かれてはないよなぁ…」って思ってます。…もうやめときましょう。

僕個人としては昔は自分が目立ちたい!っていう感じで、プレイスタイルも音バキバキ音量ドシドシを売りとしていたのですが、この頃にはすっかり「目立たんぞ!目立つものか!」という気持ちでパーカスやってました。主役はボーカルであるべき!わしは裏方!みたいな。1or8での演奏が多かったので説得力に欠けるかもしれませんがマジです。細かい部分でいうとマイクを囲わず軽く持つようになりました。脱力を覚えた男。

この年もいろいろ県外で歌う機会がありましたね。
金沢では(なぜか)コンクール出場しました。バンドではアレンジ賞、個人としてはベストパーカス賞を頂きました。
個人賞に関しては、これもまた、なんで頂けたのか分かりません。もっと上手い人は居たはず…と思いつつありがたく頂きました。2回生の頃だったら跳んで走り回って喜んでいたと思います。

大阪のGold symphonyというイベントにはCHUNKYに続いて1or8で出演しました。両バンドともTwitterの投票で得た枠でしたが、本当にこの投票はいろいろな物を犠牲にして取り組みました…笑。もうやりたくない😇
ただ本当に素晴らしいイベントなので、岡山のバンドがストレートで呼んでもらえるくらいになれば僕は嬉しいですよ。切実に。

この年はプレイヤーとしてこう頑張った。みたいな部分よりは、とにかく県外の同期と関わる機会が多くてそれが何より楽しかったです。アカペラはずっと続けれるけど、学生アカペラーとして色んな人と繋がりを持つことは学生のうちにしか出来ませんからね。まあとにかく、学生のうちが話すハードルも低くて良いと思います。陰キャの思考。

大学と教習の卒業にヒヤヒヤしつつもこういう経験ができたのはデカかった…。

社会人になってもどうせアカペラ続けるだろうな と悟っていたので、卒業が近づいてきても寂しさみたいなものはあまり無かったです。
4年間充実していたので悔いもなし!学生終わり!おつかれ!

ⓞ最後に

長くなってしまいましたが、僕の4年間はざっくりこんな感じでした。
目的やモチベーションの持ちようは自分のその後の経験を左右するなぁと実感した4年間でもあります。
あんまり自分に合っていないモチベーションで居ると周りとの温度差とかそういう部分でも悩むことがあると思いますし。多分。

僕みたいな性格の人はゆるくやった方がいいよ!というnoteでした。争うのはもうやめにしよう。

自分の個人練習などについてはまた後日…。

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