半透明の魚の骨

 誰を恨めばいいのでしょうか。そう思って私はあなたの瞳を覗き込みました。そこには白い鳥や黄色い蝶が太陽の光を目一杯浴びている光景が映っていました。そこで私は舌打ちをしてから、元々そうであったことを思い出しました。星は星で在り続けることしかできないし、私も私を変えることはできません。それじゃあ、私の瞳には何が映っているのかしら。そう思って鏡の前に立ちました。けれども、よくわかりませんでした。黒と呼ぶには半端に濁っていて、白とは到底言えないが、ちらちらと反射した光が気不味そうに顔を見せていたのです。じっ、と目を凝らすと、一匹の魚が泳いでいました。その魚はおかしくて、まず、はらわたとか骨が丸見えなのです。どういうことかと思ったら、半透明の膜が身体を覆っているようで、水中にでもばらけないのはこのためのようです。例の光は、この膜を反射してたようです。次に、その魚は異様に大きいのです。稚魚であれば半透明のものでも珍しくないのですが、この魚はどうにも大きいので、成魚である他ないと思いました。そこで、魚が泳いでいる場所が深海であると気付きました。
 魚は暗い暗い海の底を、何をするでもなく泳ぎ回っています。突然走り出したかと思えば、次の瞬間にはもう止まっています。透明な身体をくねらせながら、魚は気のままに泳ぎます。その様子がとても面白くって、思わず見入ってしまいました。するとそこへ、一匹の巨大な影がやってきました。ダイオウイカです。ダイオウイカは滅多にない餌に出会えたことに感謝する間もなく、長い触手で襲いかかってきます。魚はその隙間を縫って急いで逃げ出します。そこで思い出しました。ここは深海。皆生きていくのに精一杯で、自由を漂うこの魚こそが異端なのです。魚は愚かにもよくわからない身体を手に入れ、そこに意味を見出そうとしました。透明で在り続けることと生き残ること、その天秤を魚はよく見ていませんでした。幸運にも魚はこのあたりの地形に慣れていたようで、岩の陰に隠れてやり過ごせました。だけど魚はもう長くないようです。半透明の身体から見える胃の中身はからっぽで、鋭い岩肌に当たった肌から血が流れ出ているようです。
 魚はそこで事切れました。やがて小さな魚たちがやってきて肉を喰らい、ただ、そこには魚を支えていた骨だけが残りました。
 ここで私は鏡から立ち去りました。透明だったことにの意味はよくわからなかったけれど、骨だけでも残ることが知れて満足でした。
 少なくとも、魚は己自身を恨めるのでマシだと思います。それを寄る辺にすればいいのですから。

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