おにぎり
その当時、その子は、まだ小さくて、小学1年生の男の子だった。
お父さんは、長距離トラックに乗って仕事をしていて、お母さんは、昼も夜も、仕事で忙しかった。確か、きょうだいはいなくて、身寄りもなかったはずだ。
そんな中、その子のお母さんが、その子に教えたのは、勉強ではなく、生活にとって必要なスキルだった。
「私は、勉強は教えられないけれど、この子には、自分で生きる力をつけて欲しい。
だからこの子は、お腹が空いたら、自分でお米を研いで、ご飯を炊いて、おにぎりを作ることができます。おかずが必要なら、その辺から取ってくればいいと、食べられる草花も教えています。」
その子のお母さんは、学級懇談会の自己紹介で、そんな風に話したんだって。
私の母は、家に帰ってきて、
「〇〇くん、自分でご飯炊いて、おにぎり握れるんだって!」
と、驚いた様子で、わたしに話した。
だって、あの頃はまだ、男子が、しかも、小1男子がそんなことができるなんて、衝撃的な時代で。
わたしも、お料理なんて、なーんにもできないのが当然のように生きていた、こどもだった。
そこそこ仲が良くて、元気いっぱいの、勉強の嫌いな男の子。
そんなイメージで、これまで彼を見てきたわたしは、その話を聞いて、とても驚いた。
「えーーーー!!!!すごい!!!」
(すごい!すごい!!すごい!!!)
わたしは、わたしの知らない彼の一面を知って、心の底から尊敬したのを覚えている。
勉強ができることが、その人の価値のように言われつつあったあの時代。
学歴社会に向けて突き進む社会の片隅で、わたしは、世の中に違う価値観があることを、なんとなく肌で感じたのだった。
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